第3章 はるか上空での欲望と理性の戦い
そこには、変わり果てたかつての英傑──リーバルの姿があった。
制御端末にもたれ掛かるように、足を投げ出し両翼をだらりと下げて座っている。
目は虚ろに見開かれ、かつての翡翠色の瞳は虚空を映しているようだった。
そして、その体には怨念の沼が絡みつき、取り憑かれ─というより、彼自身が怨念の沼に座り込んでいるようだった。
リーバルから放射状に怨念の沼が広がり、そこから生えた目が、微動だにしないリーバルを見張るように目をギョロつかせている。
怨念は、彼の体の内側を突き破っているようにも見え、痛々しげだ。
あまりにも残酷な光景に、マヤはしばらく呼吸を忘れていた。
苦しさから空気を吸い、吐いて、過呼吸気味になりながらも、薄い酸素で回らない頭を回転させた。
「(どういうことなの…!嘘よね、リーバル…こんな姿になってしまうなんて)」
下手に触れることも出来ず、呆然と立ち尽くすマヤはしばらくリーバルを見つめた。
すると、まるで壊れた人形のような暗い瞳がわずかに揺らいだのをマヤは見逃さなかった。
光の加減もあるかもしれない、と思い今度は注意深く彼を注視すると、異常なくらいにゆっくりと彼の胸当てが僅かに上下していることに気がついた。
もし取り乱していたら気が付かなかったことに、マヤはつい我を忘れ、彼の名を叫びながら怨念の目に小刀を勢いよく突き立てていく。
そして最後に、制御端末に彼の体を張り付けさせている怨念の目を潰した。
リーバルの周りの怨念の目と沼は消えたが、彼自身の内側から溢れる怨念は消えていなかった。
体を拘束していた沼が溶け、リーバルの体がゆっくりと倒れていく。
小刀を捨て、思わず彼の肩を支えてそのまま抱きしめた。
「熱い...?」
少なくともマヤ来る前から、リーバルはこの寒い所に居ただろうに、抱きしめた彼の体は火照ったように熱かった。
昔1度だけ彼と体が触れてしまった時があり、リト族特有の体温の高さと羽毛の感触をマヤはずっと覚えていた。
その時とは比べ物にならないほどの熱さに、マヤはゾッとした。
一度彼から身を引き、未だ人形のようなリーバルを覗き込むと、必死に何度も彼の名を呼んだ。
すると、スイッチが入ったようにリーバルはついに瞬きをし、体がびくりと動いた。