第14章 ある日の番外編【娘の祝言】
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殺奈落「なるほど…結局の所は娘さんが嫁に行くから自棄酒という事ですね」
黒死牟「自棄酒か…そうかもしれんな」
黒死牟と殺奈落はお互いの顔を見ずに、ずっと月を見上げたままだった
殺奈落「おめでとうと言えましたか?」
黒死牟「いや、言ってない。言えなかった」
殺奈落「そうですか…………」
黒死牟「どうかしたのか…?」
黒死牟は殺奈落ならば嬉々として責め立てて来ると思い構えていたが、今日は違ったのだ
殺奈落「とある馬鹿野郎の話なんですけどね。鬼になる前、娘が居たんですよ。その馬鹿野郎は病気で床に伏せてて、お嫁さんが小さい娘を抱えて団子屋で必死に働いて生計立ててたんです」
それは恐らく殺奈落の話なのだろう。黒死牟は黙って聞いている
殺奈落「娘が十になった頃に、お嫁さんは過労で亡くなり…。馬鹿野郎の薬買う為の借金もありましてね。娘は遊里に売られていきました…」
黒死牟「…………」
殺奈落「馬鹿野郎は、その後すぐに鬼にされて人を喰らってのうのうと生きてて、娘は二十二歳の時に梅毒で亡くなったそうです…」
黒死牟「辛いな…」
黒死牟は美月がそんな目に会ったらと思うと居たたまれなくなり、声を絞り出す
殺奈落「馬鹿野郎は娘の花嫁姿を見たかった、おめでとうと言ってやりたかった。お嫁さんにありがとう、すまなかったと言いたかった。全ては後の祭りですけどね、後悔しかないですよ…」
黒死牟「そうか…」
掛ける言葉など見つからないが…
殺奈落「まっ、友達の話ですけどね…………」
黒死牟「そういう事にしておく」
殺奈落「ありがとうございます。今宵はとことん飲みましょう。父として娘を想い、夫として妻を想い…」
黒死牟「今夜だけだ…」
鬼である二人は酔わない、だが飲んで、飲んで、飲んだ。大切な人を想って…
次の日、晴天の空に太陽が輝いている。黒死牟は擬態して三度笠を被り、日笠もさして朝から外に出かけた
黒死牟「今日は陽射しが強い…」
身体に宿る魔力のせいか他の鬼よりかは日に強い為、深めの三度笠と日笠が有れば晴の日も平気で、少し日に当たった位では何とも無いのである
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