第8章 【第五講 後半】文化祭といえばライブがつきもの●け姫
新八は唇を噛む。
男は塩酸の入った瓶を通の眼前に掲げている。
代われるものなら代わりたい。怯える通を前に、新八はただただ無力だった。
「お通ちゃんを離せ!」
声を上げるが、男は全く聞く耳を持たない。
助けに向かおうにも距離がありすぎる。たどり着く前に、男が塩酸をぶちまけるかもしれない。
どうすれば……
その時、ステージ脇から身を屈めて近寄る人物が新八の目に映った。
お登勢も、近藤も、土方も、沖田も、その姿に気づく。
それはさすまたを手にした○○だった。
○○はステージとの高低差を利用した。男や通からは死角となっていて姿は見えない。
徐々に徐々に男に近づいて行く。
新八や風紀委員の面々、お登勢は○○から視線を逸らす。
自分の視線によって、○○の存在に男が気づいてしまう危険がある。
観客も次第に○○に気づき始めたが、皆、一様に○○から視線を外す。
全ての人が○○の作戦に気づき、全ての人が○○に通を託している。
会場内全ての人物の想いが一つになり、○○の手により通は救われる――
と思われたが、ただ一人、空気の読めない例外がいた。
「○○殿! バカな真似はよせ! 危険だ!!」
○○の姿に気づいた桂は、事もあろうに大声を上げた。
男の視線が桂に向く。
桂の視線は男の斜め下に注がれている。
その視線をたどった男は、そこにさすまたを持った女がいることに気づいた。
新八、風紀委員の面々、お登勢、それから会場に詰めかけていた大勢の観客――
彼等の胸に去来する思いは皆、同じ。
「バカはお前だァァァ!!!」
全ての人が脳裏に浮かべた言葉を叫びながら、○○はステージ下から飛び上がった。