第54章 鬼殺隊の一人が十二鬼月と遭遇していた
炭治郎は失念していた。
頚を斬られた鬼が消滅していくときに漂う灰の匂いがしなかったことを。
そして使い慣れないヒノカミ神楽を使ったことで、炭治郎の肉体や精神はすでに限界を超えていた。
それでも禰豆子の元に行こうと這いつくばる炭治郎の姿を累が冷たく見据えていた。
「苛々させてくれてありがとう。何の未練もなくおまえたちを刻めるよ」
これまでに幾度となく神経を逆撫でされた累が眉間に皺を寄せて竈門兄妹を睨み付ける。
その表情からは殺意がひしひしと伝わってくる。
それは欲しがっていたはずの禰豆子すら対象になっていた。
禰豆子を守るためにもこの場から逃げなければならないのに、余力を残さず全力で戦いきった炭治郎に最早起き上がる力は残されていなかった。
鉛がぎっしりと詰め込まれた俵が上にのしかかっているように体が重くて、まるで体全体が泥の中に漬かっているような感覚に、思うように体を動かすことができない。
そんな炭治郎に累は容赦しなかった。
「血鬼術 殺目篭」
あや取りの技の一つ、四段ばしごのような形を糸で作り上げた累。
それは、まるで鳥籠のように炭治郎を糸の中に閉じ込めてしまった。
もし、この糸の範囲が狭まってきたら………。
さっき、先輩が一瞬でバラバラに切り刻まれてしまった光景が炭治郎の脳裏に蘇った。
自分も同じようになってしまう。
もう死を覚悟するしかないのかと、そう思った時だった。
風を切り彗星の如く現れた影が炭治郎の上空を過ぎていった。
それは、炭治郎を閉じ込めていた糸をバラバラに切断し累の目の前で着地した。
(誰か来た……。誰だ……?善逸か……?)
重い体を必死に動かし顔を上げると、ぼやけた視界に、羽織をはためかせる男性の姿が見えた。
意識がはっきりしなくても匂いでわかった。
「俺が来るまでよく堪えた。後は任せろ」
あの日出会い、禰豆子を見逃してくれた義勇だということに。
累に殺されると思った。
禰豆子を守れないまま、あのまま死んでいくのだと。
どんなに足掻いても、もがいても、累が作り出した血鬼術には手も足も出なかった。
炭治郎が死に物狂いでようやく切ることができたあの糸を義勇は意図も簡単に切ってしまった。
今の炭治郎には義勇の言葉が頼もしく聞こえた。