第53章 あとは隠に任せる。おまえは俺と来い
威勢のよかった伊之助が借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
十二鬼月だと信じて戦っていた鬼が、実はそうではなかったことが衝撃的だった。
それと、十二鬼月ではない鬼相手に手こずっていた自分の未熟さにもショックを受けていた。
そんな様子の伊之助を、義勇にキツいことを言われて落ち込んでいるんだと可愛そうに桜が見ていると。
「そんなこと…………わかってるわ!!!」
勢いを取り戻したとはこのことだろうか。
伊之助が義勇に喰ってかかった。
「十二鬼月とか言ってたのは炭治郎だからな!!」
「猪くん。落ち着いて、まず手当てを……っ」
桜が伊之助の体を押さえ込もうと、抱き止めていた手に力を込めた。
これ以上興奮させると怪我に悪い。
そう思ってもさすが男の人、それにこの筋肉だ、桜はしがみついているに等しかった。
「俺はそれをそのまま言っただけだからーー…………」
瞬間、目にも止まらぬ早さで義勇が伊之助と桜を引き離した。
「な」
そして、伊之助は体を縄でグルグル巻きにされたうえ、木の枝から吊り下げられてしまった。
(速ェ……速ェこいつ…!!)
(は、速すぎます……冨岡さん)
あまりに人間離れした早業に、やられた本人も桜もビックリしていた。
「桜といつまでくっついているつもりだ」
パンパンとホコリをはたき落とすように両の手を叩き合わせながら、義勇が冷たい視線と共に言い放つ。
敵意とも殺意ともとれるその冷ややかな目付きに伊之助が再び大人しくなってしまった。
動物が持つ野生の勘、とでもいうのだろうか。
なぜか、今この場で義勇に逆らうのは賢明ではないと本能で悟った。
「よし!これで治療ができますね」
被り物の猪のような伊之助が、やっと大人しくなったところで桜は治癒を行うつもりでいた。