第52章 猪くん。その体では無理ですよ。
「安心してください。もう大丈夫ですから」
桜に微笑まれ、あやすように言われたところで、この震えは鬼からくるものではない。
彼女から親切にされればされるほど、ちっとも大丈夫なような気がしない伊之助だった。
さて、鬼のほうはといえば斬り落とされた腕を素早くはやし、斬った義勇に向け敵意剥き出しに咆哮する。
次の瞬間には韋駄天のごとく義勇に飛びかかっていた。
今までより上回るスピードに伊之助は驚き、義勇が自分の二の舞だと思った。
その大きな体に似つかわしくない俊敏な動きを伊之助はその眼に映していた。
「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」
だが、義勇とて負けてはいない。
それは伊之助が驚くほど一瞬だった。
義勇の攻撃の早さは鬼の比ではなく、その磨かれた剣技は伊之助の比ではなかったからだ。
鬼の頚だけでなく全身をいとも簡単にバラバラに斬り刻んでしまった。
伊之助の刀は打ち込んでも刃が通らなかったあの硬い鋼鉄のような体を、まるで豆腐でも切るようにやってのけた。
おまけに義勇自らは一撃も喰らわず余裕の勝利を収めている。
全てにおいて義勇との力の差に伊之助は驚愕した。
「だから“大丈夫だ”と言ったんですよ」
桜が笑みながら言うのを聞いて伊之助は義勇との格の違いを思い知らされた。
それを当たり前のように言ってのけた桜もかなりの実力者だと。
そして、それが伊之助の闘志に火を点けた。