第48章 俺の大切な女性だ。勝手に触るんじゃない ※杏寿郎視点
先ほどから遠巻きに桜を見る男たちの視線には気付いてはいたが、鷹のように鋭く目を光らせては桜の側に付いて回る杏寿郎の存在に誰も声をかける勇気がなかった。
ただ、その空気や雰囲気を読めずに声をかけてくる不届き者はやはりいるようだ。
そんな男たちを桜が迷惑そうに断っている。
「すみません、仕事の途中なので……」
「いいじゃないの。少し休憩して俺たちに付き合ってよ」
「!」
一人の男が桜の肩に手を回す寸前、杏寿郎がその手首をきつく握り食い止めた。
「その人は俺の大切な女性(ひと)だ。勝手に触るんじゃない」
「煉獄さん!?」
杏寿郎の声音は少し落ち着いて聞こえるものの怒りは滲み出ており、ギリリとその手を捻り上げると、痛みで男が小さく呻いた。
困り果てていた桜は、杏寿郎の姿に表情をホッとさせて肩を撫で下ろす。
もう一人の男が杏寿郎の存在と、そのただならぬ雰囲気に怖気付き無意識に桜の方へと数歩後ずさってしまう。
「なんだ、おまえ………」
「一度では伝わらなかったか?俺は彼女に近づくなと言った」
威圧的な態度でジリジリと男を追い詰めていく杏寿郎。
目の前に迫る杏寿郎の体格はガッチリとしていて、その視線の鋭さは殺されると思うほど恐ろしい顔つきで。
男たちは恐怖を覚えた。
その風貌から勝てないと悟った若者は、杏寿郎の手を力一杯振りほどき捨て台詞を吐いて連れと一緒に逃げて行った。
「ありがとうございます、煉獄さん。助かりました」
「言っただろ?“なにが起きても俺がいる”と」
杏寿郎の存在と言葉に心から安心したように、桜ははにかんで頬を赤らめた。
先ほどのことがよっぽど堪えたのか、二人並んで歩き初めても桜は杏寿郎の傍を離れようとしなかった。
相手が鬼であれば例えどんな目に遇わされても勇敢に立ち向かっていくくせに、どうやら生身の人間(おとこ)相手だと強気になれない桜は、相変わらず屋台を楽しそうに見ているが、すぐそこ杏寿郎の手の届く範囲にとどまっている。