第47章 すでにここまで本気になっているとは ※杏寿郎視点
「遅かったな。喉が乾いただろ?仲居さんが煎れてくれたお茶を飲むといい」
「はい。いただきます」
風呂上がりのさっぱりとした表情で桜が杏寿郎の前に腰をおろした。
桜とお揃いの浴衣を着ているのを見ると、ソワソワとしたなんとも言えない気持ちになる。
下ろしている濡れ髪、風呂上がりでツヤツヤしている肌、血流も良くなって薄いピンクがかっている頬。
さっきの姿も十分に色気があったが、これはこれで艶っぽいものがあった。
ずっとこの姿を見ているのは、違う意味で体に毒だと思い杏寿郎はふと視線を外した。
「桜、簪を挿していなかったか?」
「あ、これですか?」
差し出されたその手には水色に近い蒼の玉に、紫の蝶が施された玉簪が握られていた。
「君が簪を挿すのは初めて見たな」
「そうですね。あまりこういったものを身に付ける機会もありませんでしたから」
桜は簪を穏やかな表情で見つめながら、親指と人差し指の指先に挟んでコロコロと回して遊んでいる。
愛らしい姿に杏寿郎も笑みが溢れる。
「君によく似合っているな」
「本当ですか?うれしいです!」
「よもや、それは好(い)い人からの贈り物か?」
「…………まさか、そんな人はいませんよ」
冗談めいて聞いたつもりだが、まさかの桜の反応に杏寿郎の顔から笑みが消えた。
照れたように微笑む桜の表情。
それは、簪を送ってくれた相手を想って出せるものだと杏寿郎は直感した。
そして、大切な人というよりは、恋をしている相手からの贈り物なのだということを。
当の本人である桜は、自分がどんな表情で簪を見つめているのか自覚してないようだが。
少し前の杏寿郎であれば、彼女のこともそれを微笑ましく思うだけでおしまいだった。
否定はしているが、そんな相手が桜にはいるんだろう、ぐらいの話だ。
だが、桜のことを異性として意識し始めた今はそうもいかなかった。
(俺としたことが。すでにここまで本気になっているとは)