第3章 ~どいつもこいつも~
<二>
夜長が縫物をしていると信長が天主に戻って来た。
「信長様」
手を止めて顔を上げると信長もふっと笑い、「精が出るな」と言う。
軍議が終わった後、領内の大名との謁見までの時間を天主で過ごすと言っていた。
その間に溜まった書簡を片付けると言っていたのを思い出す。
だが、信長は机には行かず、張り出し廊下近くで手元に灯りを取る夜長の傍へ来た。
「お疲れ様です」
「疲れてなどおらん」
軽く言い、夜長の後ろに座って腰に腕を回してくる。
「針仕事をしているのに危ないですよ」
慌てて言うが腰に回った腕はびくともしない。
「危ないのなら貴様の指を気を付けろ。戦で刀を振るう俺に針や鋏が問題になるものか」
低く嗤い、夜長の背に逞しい胸板がピタリと重なり抱き込まれる。
夜長は手元の針を生地に浅く刺して固定し、信長の腕に自分の手を重ねる。
「書簡の整理をされるのでは?秀吉さんが用意していましたよ」
「それがあやつの仕事だ。俺といる間に他の男の名など口にするな」
片方の腕が腰から移動し、夜長の唇を信長の指がなぞる。
その仕草にどきりとして肩が跳ねるが、信長の指は唇から離れない。
「何度言わせる?他の男の名を口にするな」
信長の指が唇を割り、舌先を撫でる。
それだけでなく、意味ありげな力加減で口腔内を愛撫する。
まるで舌を絡めているような錯覚をするような愛撫だ。
たまらず背を丸めるが、信長は意地の悪い笑みを浮かべて更に抱き込み、濡れた指先で再びやわらかな唇をなぞった。
「のっ……信長様、本当にどうなさったんですか?」
「何がだ?」
「具体的にどれがとは言えませんが、ここ数日様子が違います。何かあったのではないですか?」
見上げる夜長の目は濡れているが、それ以上に案じている。
もっと問い詰めたいと思っているのがすぐに分かる目だ。
その目をじっと見つめ、信長は何か頭の中の引っ掛かりが晴れる様な気がした。
……そうか。そんなことか。
こういう事か。
夜長の頭にひとつ口づけを落とし、深く息を吐いた。