第2章 ~天下人とて人なれば~
「……皮膚の色も変じゃないし、大丈夫そうだね。取り敢えず同じ薬を塗り直すけど、昼にもう一度自分でするなり女中に頼むなりして薬と包帯を替えな。生薬は薬そのものが傷むから長時間塗りっぱなしにしない方が良いから。少しでも腫れる様ならすぐに知らせて」
言いながらもテキパキと手当を済ませ、器用に包帯を巻く手つきは手慣れている。
「何から何までごめんね」
夜長が恐縮するとふっと家康の表情がやわらぎ、小さくため息を吐く。
「この程度の怪我、放っておいてもいいと思うけど。あんたに傷ひとつつくだけで騒ぐ連中が多いからね」
完了、とばかりに風呂敷を包み直して立ち上がる。
「おい、家康。それは俺の事か?」
不機嫌な目で言う信長に家康はやれやれと肩を竦める。
「心当たりがあるんですか?俺が言ったのは秀吉さんや三成の事ですけれど」
「ふん。貴様も生意気を言うようになったな。昔はまだ天邪鬼なりに可愛げがあったものだが」
「ご存知でしょうけど俺は男ですからね。可愛げを見出されてもちっとも嬉しくありません。では」
やや拗ねた声ではあるが、家康は静かに一礼して天主を出て行った。
軍議の後も治水や関所の報告を聴き、書簡をしたためたり軽く鍛錬をしたり、城下を視察したりと信長は忙しく過ごし、再び天主に戻ったのは深夜近かった。
夜長が「お帰りなさいませ」と出迎えると、信長も「ああ、帰った。先に休まなかったのか」と軽く夜長の髪を撫でた。
「今日は針子の仕事は半分お休みしてのんびりしましたので。信長様こそお疲れじゃないですか?」
髪を撫でられる感触にふわりと心地良くなりながら信長の胸に手を添える。
「特段変わりない。だが、貴様がのんびり休んだと聴いて安心したぞ」
どこか不自然な程に優しい声に夜長は背にヒヤリとするものを感じた。
信長がこんな声で物を言う時は、物騒な事か無茶な事を言う前触れ、もしくは意地悪をしたくてならない時だと学習しているからだ。
反射的に身体を固くすると、その緊張を察した信長がフっと笑う。
「何を身構える?俺は貴様が昼間休んだと聞いて安心したと言っているだけだぞ?」
「はい。……では、もう遅いですし休みましょう」
寝床の準備はしてあった為、夜着に着替えようとするが更に強く腕の中に閉じ込められた。