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僕と彼女の声帯心理戦争

第6章 【第1章】嵐の前の静けさ Day6


ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

「『天才』らしいですから」
「本題に入りましょう」
「はいはい」

私は紙数枚を懐から出す。氷月の巨体を目隠しにして、地面にトン、と置いた。
彼ならこれだけで言いたい事が分かるだろう。

「…目は通しておきます」
「納得したなら行動に移して。別に君に悪い話じゃないから」
「ええ。では」

そう言うと氷月がスタスタと歩いて去っていく。
その立ち振る舞いには寸分の無駄がない。流石は無駄を嫌う、効率重視の男だ。

ーーそして、自分に最も性格的な意味では『近しい』男。
自分以外の誰にも心を開かない人間。

その背中を見送り、私は立ち上がった。二、三歩歩いてから、背後の滝を振り返る。
轟音を立てて落ちていく大量の水。

……こんな所から落ちたら、流石に死んでしまうだろう。そして、先程の男の手にかかれば、私なんて一瞬で殺せる。

それでも、だ。
やらなければいけない時はある。

「ーー義にあたりて、命を惜むべきにあらず」

いつか羽京君に教えた、敬愛する黒田官兵衛の言葉。
これは自分の信じる正義への道。たとえ、その為ならば。

(命だってーー惜しくない)
再び眼前の滝へ視線を移す。胸元で『元々あったそれを握り締める様に』ギュッ、と握り拳を作った。

******
「何考えてるのさ!!」

開口一番。羽京はそう葵に思わず怒鳴っていた。
「そう言われても~。あの人にはあれくらいやった方が「君が死ぬ所だったんだよ!?」

その言葉に、葵は心底驚いた顔をした。
そして、なんだそんな事、という顔で笑った。

「大丈夫で「大丈夫じゃない!!」

びくっ、と肩が震える。羽京はというと、いつもの穏やかさは消え失せて、声を震わせている。

「お願いだから……あまり、自分を犠牲にする真似は、しないでくれ……」
そう俯きながら、肩を震わせていた。

嗚呼。目の前のこの人は、本当に『誰も死んで欲しくない』のだ。
そして、その中に自分ももれなく入っている。

仕方がない。あまりやりたくないがーー
葵はふう、と、息を吐いて悲しみに打ち震える羽京を見据えた。
ーーこれから突き放す人物の姿を。
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