第5章 夢、あるいは救難信号
涙をぬぐうも、その跡を色濃く残す前田がぽつりと言った。
「……夢を見るんです。似たような夢を、何度も」
「夢?」
「誰もいない本丸で、遠くから声だけが聞こえてくるんです」
遠くを見つめる前田の瞳は、ぼんやりと視線が定まらなかった。
夢の映像を見ているかのように、目の前の道路や壁を見ていない。
「主の声か?」
「いいえ。あの声は、山姥切国広さんでした」
鮮明な確信をもって、前田は初期刀の名前を口にする。
山姥切国広、“主”の初期刀だ。
「夢の中でどんなに本丸を走り回っても、誰も見つけられませんでした。
でもこの前の夢のとき、主君の執務室に山姥切さんがいたのです。山姥切さんは何も言いませんでしたが、執務室のデバイスも、ディスプレイも、演練を行う画面になっていました。その演練の相手に、鶯丸さんが表示されていました。
それを見て、目が覚めました。そしてちょうど、あの演練が開催されることを知ったのです」
無人の本丸で途方に暮れる前田。
主君の、仲間たちの名前を呼ぶが、返ってくるのは虚ろな静寂だけ。
泣きそうになりながら、なおも名前を呼び続け、いつしかその小さな足は駆け出す――
そんな情景が、前田の表情から伝わってきた。
「ただの夢なのかもしれません。でも僕は、山姥切さんからの、演練に参加するようにというメッセージだと思いました。
夢のことも含めてあの方にお話しし、無理を言って演練に参加させてもらい――
そしてどうにか、鶯丸さんに会えました」
「山姥切国広が、俺たちを引き合わせたと」
「僕はそう思いました。山姥切さんを見つけていなかったら、僕は演練になど参加できていなかったでしょう」