第5章 夢、あるいは救難信号
「あの方は、僕がひとりで悩んでいること、“様子がおかしいこと――ほかの本丸で過ごした記憶があること”を見抜いていました。それに、僕の症状がご自分のせいではないかと、とても心を痛めておられました。
あの方だけでなく、いち兄も、兄弟も、みんな……」
痛いのを我慢するような、そんな顔で前田は一度口をとじた。
その様子から、彼が過ごした、あの審神者の本丸での時間は、彼にとってあたたかいものだったのだろうと思った。
だからこそ、彼は余計に苦しんでいるのだろう。
「助けさせてほしい、頼ってほしいとあの方は仰いました。僕がひとりで抱えていることで、あの方や、いち兄たちをひどく傷つけてしまっていると気づいて……もう、どうしようもなくて……話したんです。すごく真剣に聞いてくれて、『私は前田のすべてを信じる。だからなんでも協力する』って……」
うつむいた前田の太ももに、ぽたりとしずくが落ちた。それは一滴だけでなかった。
その数を我慢しなくてもいいのにと思いながら、しばしの逡巡ののち、軽くその背をとんとんとしてみた。
いつか見た、一期一振の見よう見まねで。
抱えたことを話すのは、「あなたは私の主ではない」と言うのも同然だ。
言われる側(審神者)にとって、自分(刀剣)は、“自分の本丸の大切な刀剣男士”らしい。
なのに、心を砕き、愛情を向けてくる存在に対して、「自分には本当の主がいる」などという話をすることは、それを拒絶するに等しい行為だと思えてしまう。
もちろん、言われる側はそんな解釈しないだろう。
それどころか、話してくれてありがとう、などと喜んでみせられそうだ。
『力にならせてはいただけませんか。僕が鶯丸にできることは、なにかありませんか』
ふいに、そう言った彼の言葉が脳裏でリフレインする。そのときの自分の選択に、後悔が頭をもたげてくる。
話すべきだったのだろうか。あんなごまかしのような言葉ではなくて。
巻き込んでしまっても守ればいいと、そう言えない自分がいた。
「きっとどこかの瞬間で、主を守れなかったから今があるんだ」
そう、立ちすくむ自分が囁いてくるのだ。