第15章 回転不変:無題のノート
:xx月xx日
「……今日は早いな」
鶯丸が研究室に入ると、主が椅子に座ってディスプレイを見ていた。いつもの白衣を着て、手元には報告書の束を備えている。
朝が弱い主が、この時間帯にいることは珍しい。
7時を回ったばかりの空気は清々しく、ひんやりと澄んでいた。その中に、いつもどおり彼女の姿があることに、不思議な感覚を覚える。
主は鶯丸に気がつくと、ディスプレイから視線を外して静かに微笑んだ。
「おはよう、鶯丸」
「おはよう。主にしては早起きだな」
「今日は一日研修だからね。ボクは終日不在にするから、キミは非番だよ」
「そうだが、非番じゃない主の朝食を作るという職務があるからな」
「……ありがとう」
研究室に併設された休憩室には簡単なキッチンがある。ここで主との食事を作るのも、もう手慣れたものだった。
朝は食欲がわかない、という主も、鶯丸のスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、トーストしたてのミルクロール、それと100%オレンジジュース(茶は食後)には目を輝かせてかぶりついたものだ。久しぶりにこのモーニングセットを作ってみよう。
出来上がった頃、ちょうどよく主が来た。「わぁ……!」と顔を輝かせて、早く食べたそうにうずうずしている。
その無邪気な姿に頬が緩んだ。
「「いただきます」」
揃って言う。主は好物のスクランブルエッグにまず箸をつけ「おいしい~!」と毎回これが初めて食べる機会だとでもいうように感動してくれる。
鶯丸もスクランブルエッグを口に運んでみる。よし、今日も半熟具合が主好みに仕上がった。
窓の外では、役人や他の研究所の研究員が出勤してきていた。足音や話し声に鳥のさえずりがまじる。
朝陽はより高く、輝きを強くして室内を照らしていた。日光のあたる背中がほんのり暖かい。
主と過ごす、新しい一日が始まろうとしている。それがなんとなく鶯丸を、わくわくと胸が弾むような感覚にさせたものだった。
なにもかも、見慣れた朝のワンシーンだった。
「おいしいな……」
――主の頬に伝う、透明のしずく以外は。