第5章 夢、あるいは救難信号
示された路地を進んでいくと、また同じような空き地に出た。
前田が行き止まりの壁にふれると、結界の術式がぼうっと浮かび上がってくる。
とともに、鶯丸たちのいる空間が、極々薄青い光の四角形で囲われた。
こういった類の術にうとい鶯丸でも、肌にびりびりと伝わってきた。
この結界は、とんでもなく強い。
そして強い結界を張りながらそれを秘匿するのは、霊力の緻密なコントロールと、それを維持する精神力が要求される。
彼女は、そのどちらも涼しい顔で叶えていた。審神者が目を見開くのもわかった気がする。
前田も、同じように考えていたのだろうか。
「あの方の結界は強力です。これから話す内容は、この空間以外には漏れないでしょう。敵が誰かはっきりしない内は、このくらい警戒すべきと思いました」
確信じみた面持ちで、前田はそう言った。
少なくとも、前田にとって自分が敵ではないことはわかった。
鶯丸の本丸と前田の本丸の間の移動記録も残したくないという意図から、彼のいう“敵”には、歴史修正主義者だけでなく、政府も含まれているのではないか?
それに、“主君”とは呼ばないのだなーーそう言いかけて、鶯丸は自らのはやる気持ちに気づいた。
なにせ、スマホを買い与えてもらおうと審神者に頼んだくらいだ。
目的はもちろん、前田と連絡を取るため。それも、なるべく秘匿性の高い方法で。
演練での話から、前田の本丸は全員が連絡機器を与えられているのは知っていた。
ならば前田だけに、どうにかして連絡を取りたいと強く思ったのだ。
それを叶えるためには、とりあえずはスマホといった機器がいると思い至った。
結果として、スマホは不要だったわけだが。
しかし、どこから何を話し合えばいいのかわからない。なにせ、何が起こっているのか自分でもわからないのだ。
だから鶯丸は、唯一断言できるであろう事実を言葉にしてみることにした。
「俺たちは、同じ本丸にいたな」
前田が一瞬目を見開く。ひと呼吸ののち、硬い表情で視線を下げ、コクリと頷いた。言葉を返してくることはなかった。
彼は小さな唇を噛んだままだったので、鶯丸はそのまま、これまでの話をすることにした。