第15章 回転不変:無題のノート
:2カ月前
「鶯丸、362端末と581端末のデータを全部削除して」
「……いいのか?」
「うん。前にやってもらった完全削除の方法で、復元できないようにね」
「わかったが、本当にいいのか? 両方とも予測システムの実験データが入っていただろう――」
「いいの!」
主が声を荒げたのを、初めて見たかもしれない。
操作パネルについた手はぎゅっと握られ、拳が震えていた。うなだれた顔は、髪に隠されてよく見えない。いからせた肩が普段よりもっと小さく見えた。
ハッとして主が顔をあげる。
「ご、ごめん……」
主は、今にも泣き出しそうなのを必死に堪えるように、唇を噛んでいた。
「悪用を防ぐためか?」
「…………」
主は押し黙った。
人生のほとんどを研究に捧げてきた主だ。本意でないのに研究結果を削除するなど、身を引き裂かれる思いに違いない。
詳細は相変わらず明かされることはなかったが、鶯丸にはもうなんとなく察しがついていた。なにせ十数年も主の研究補佐をしてきたのだ。
主が構築しようとしているのは、予知のシステムだ。
それを歴史修正主義者との争いなんかのためじゃなく、自らの利益のために利用したい奴らなど掃いて捨てるほどいる。
もうだいぶ前から主の本業は霊力の研究ではなく、このシステムの構築に変更されていた。
権力の前では一研究員など赤子のようなものだ、そう主は言った。
「キミの言うとおりだよ。このままじゃ、あのシステムはくだらない争いに利用される。自分達が得をするなら、予知にどんな反動や犠牲があったって構いやしない連中さ。たとえ何人の審神者が死のうとね」