第15章 回転不変:無題のノート
予知とはすなわち、因果律への干渉だ。予知によって本来の歴史を変えるなら、もはやそれは歴史修正そのものとも言える。
それに、予知によってなにかが変わった場合、どんな反動が起こるかまだ未知数なのだ。
主は、“歴史の修正力”によって、均衡を保とうとする力が働くのではないか、と言っていた。ある時点で事象Aを防いでも、別の場所で結局同じように事象A’が起きる、ということらしい。
誰かを救うと、本来発生するはずの死の穴埋めにほかの誰かが死ぬ、というようなことだ。
「戦死者を少しでも減らしたくて研究していたのに、逆に審神者の命を危険に晒すようなことなんて、絶対にしない」
力強く主が言った。彼女の脳裏には、数年前に戦死したという友人の姿が映っているのだろう。
「こんなふうに削除までしてしまうのは、明確な職務命令違反、おまけに規則違反だ。最悪この研究室自体なくなる。ボクの処遇がどうなるかもわからない」
「そんな……」
「……キミを……他の本丸に譲らなくてはならないかもしれない」
「!?」
「それでも、このままにしちゃいけないんだ」
「ま、待ってくれ、どういうことだ」
「研究室がなくなったとしても、ボクはきっと本丸を持たせてもらえないだろう。研究補佐の職務がなくなるんだ。レア太刀のキミは刀剣男士として本来の役割を全うするため、どこかの本丸に転属となる可能性が高い」
滔々と述べられる言葉を咀嚼しきれない。主と離ればなれになるなんて、考えたこともなかった。考えられなかった。
「刀解なんて希望しないでね。会いたい仲間もいるだろう。審神者の選定は抜かりないようにするから」
「な……何を言っている、俺は主以外なんてごめんだ! そばにいさせてくれ!」
「ありがとう……そんなふうに言ってもらえるなんて、ボクは本当に、本当に幸せ者だね」
主は、諦めたように力なく微笑んだ。その笑顔に激しく胸を掻き乱される。
目の前が真っ暗になっていく。
主は俺がいなくなっても平気なのか、離れがたく思っているのは俺だけなんじゃないか。そんなふうに食ってかかりそうになる。
主とともにあるためなら、どんな代償も犠牲も、喜んで差し出すというのに。
「こんな研究、始めるべきじゃなかった……」