第15章 回転不変:無題のノート
主が実感を得られないというのは、それはそうかもしれない。だが、主の研究結果がなければ、最前線で役に立つ設備やシステムはうまれていないのだ。
機能的な傘を開発したり、災害に強い住居を作ることも必要なことだ。
だが主は、そもそも雨がなぜ降るのか、嵐や地震がなにを原因に起こるのかを解明する側だ。
その事象のメカニズムがわかれば、予測が可能になる。
雨が降ることを知れば、人は傘を持っていったり、家にとどまったりするだけでなく、たくさんの選択肢から行動を選べるようになる。
主の研究は、そんな根本に関わるものなのだ。
「人間はそうやって進歩してきたんだろう」
「……予測……予測か、検非違使関連で予測の報告書があったような……ええとあれはどこだっけ」
「まぁ、そう焦らずに。まずは茶でも飲もう」
バタバタと書類の山を漁り始めた主に、淹れたばかりの茶を差し出す。主の誕生日にプレゼントした湯のみだ。
主はその動きを一度とめ、湯のみを至極大事なもののように受け取った。目には少しの明るさが取り戻されていた。それどころか、その奥には強い知性の光が閃いているようにも見える。なにかを思いついたらしい。
「ありがとう。……鶯丸のお茶は、ほんとうに優しい味がするね」
主はそう言って、幸せそうに顔を綻ばせた。