第15章 回転不変:無題のノート
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「古備前の鶯丸。名前については自分でもよくわからんが、まぁよろしく頼――おい、どこへ行く」
口上を述べ終わらないうちに、目の前の人間が走り去った。白衣がビュンと視界から消える。その必死な後ろ姿を、今でもはっきりと覚えている。
「なぜ逃げる」
「ひっ!?」
歩いて追いつくと、意図せずして部屋のすみに追い込んでしまった。声をかけてみると、目の前の人間から返ってきたのは、情けなさすぎる悲鳴。
短めの髪で背丈は小柄。まだ成人にも達していないような幼げな顔立ち。どうやら、この人物が自分の主らしい。
「怖がらなくていい。刀だからってむやみに斬ったりしない」
「~~っっ!」
声にならない声で口許、いや全身を震わせる主。壁に背中を預けたまま、へなへなとその場に座りこんでしまった。防御態勢よろしく両手を胸の前にして、手のひらをぎゅっと握りしめている。
というか、さっきからまるで会話が成り立っていない。
どうしたものかと思って、あることに気づいた。主の顔が真っ赤だったのだ。もしかして、具合でも悪いのだろうか? 鍛刀と顕現で霊力を消費して疲れたとか……?
「大丈夫か、主?」
目線を合わせようと思って、屈んで顔を覗きこんだ。彼女の額に軽く手を添える。
……ん?
なんということだ。ものすごい高熱だ。
これは手入れが必要だな、と思ってもう一度主に目を合わせると、
「ちっ、近寄らないでーーっ!!」
顕現初日のその日、鶯丸は歴史修正主義者に寝返った刀剣男士と勘違いされ、駆けつけた政府の役人に早々に取り押さえられたのだった。
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