第10章 遠い残響に耳をすませて
「……どうしたの?」
声が出なかった。制御できそうにない感情が胸の中で暴れ始める。
だというのに、ひどく力が入らない。全身が鉛のように重かった。左腕はますます痛みを訴えてくる。そのまま俺は、前に倒れこんだ。
床に倒れなかったことから、主が抱きとめてくれたらしかった。ふわりとした優しい手つきで背中に触れられる。主の細い髪の毛が揺れて、ほのかにシャンプーの香りがした。
あたたかな温度をもっと感じたくて、痛む腕を上げ、主の背中に回す。主が小さく震えたのがわかった。
「どこにも行かないでくれ」
ほとんど無意識に、そんな言葉が口をついた。
けれど不思議なことに、その言葉はなんの抵抗もなく口から零れ落ちた。ずっと思って、願っていたことだったからか。
どこにも行かないでほしかった。
もう一人にしないでほしかった。
誰にも置いていかれたくなかった。
ほかでもない、“主”には――
けれど、なぜ? 主はここにいるのに。確かにこうして触れられるのに。どうして、こんなに寂しくて寂しくて仕方がないんだ?
「……どこにも、行かないよ」
ぎゅうと、背中に回された手に力が込められたのがわかった。主の声は涙でくぐもっているように聞こえた。
嘘だ。
行ってしまったじゃないか。
俺を、ひとり残して。
「骨喰こそ、どこにも行かないでよ」
続けられた言葉に、小さな怒りの火がぽっと灯る。
主の口ぶりは、まるで俺がひどいことをして、主を悲しませたようじゃないか。俺は一度だって主を置いていったことなどなかった。主以外のところに行ったことなどなかった。
どこにも行きたくなかった。
みんなと同じところに、あの本丸に、俺はいたかったのに――。
そのとき、記憶の中の炎がその大口を開けた。