第10章 遠い残響に耳をすませて
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最近、主に対して不思議な感覚を覚える。
こんな小さな背中だったか? こんなか細い手だったか? こんな笑顔を浮かべる人だったか?
主と初めて交わした言葉はなんだったか?
初めて戦に出たときはどんなふうだったか?
初めて手入れされたときはどんな?
初めて内番をしたときは――
初めて遠征をしたときは――
彼女に顕現され、これまで戦ってきたはずだった。けれどその記憶は、輪郭のすべてがぼやけ、不明瞭だった。それでもゼロよりかはずっとましだ。俺の過去の記憶は、ゼロみたいなものだからだ。
けれどそんなことはどうでもよくて、ただ「戦わなければ」という得体の知れない衝動が、知らない誰かの声が、いつも心臓と頭の中心を支配していた。
自分が自分のものでないようで、なんだか気持ち悪くさえあった。
彼女が親しげに話しかけ、笑いかけてくることに応えるのは、なにか悪いことのような気がした。どうしてそう思うのかもわからず、日課をクリアするために必要な言葉だけを交わすようにした。主はひどく傷ついたような顔をしたが、それを慰めることも悪いことだと、不要なことだと頭の中で誰かが言った。
必要以上に親しくする必要はない。
これは戦争で、仲良し共同生活ではない。大切な存在はいつか必ず失われる。
大切な存在が増えれば増えるほど、いずれ迎える終わりと悲しみは、たやすく自分を飲みこみ折るだろう。
今だって、こんなに胸の奥が痛むのだから。