第10章 遠い残響に耳をすませて
「最初から、なにもかも間違ってたんだな」
火花が視界を不規則に舞う。ぱちぱちと炎が弾ける音に混じって、主がうわごとのように呟いた。
目を疑う。
彼は、泣いていた。
無表情のまま、止めどなく透明なしずくを頬に伝わせていた。
「最初から、どうしたって救われない仕組みだったんだ。だったら折った方がマシなのに、俺は……」
主の茫とした瞳からは、あとからあとから涙が溢れていた。地面に落ちた雫は焔に潰され、瞬時に跡形もなく蒸発していく。
主がなにを言っているのかわからなかった。けれど、彼の瞳が正気を取り戻したような気がした。
俺が知っている主が、そこにいる気がした。
「あるじ――」
次の瞬間、熱い痛みが左腕を襲った。
「ぁ、ぐっ……っ」
炎に熱く焼かれた刀で斬られたらしい。カシャンと音を立てて、主の手から誰かの刀身が落ちる。主に斬られたのだと、一拍置いて気づかされる。
主はしばし俺を視界にとどめてから、フイと視線を外した。そのまま身を翻し、背を向ける。思わず手を伸ばす。行かないでくれと、絶叫が喉を出たがっている。けれど痛みと煙で、呼吸さえままならない。
主はゆっくりと歩きだし、誰かを、何かを迎え入れるようにその両手を広げた。
煙と、貪欲に口を揺らげる炎で、主の背中もよく見えない。
「終わらせてくれ、何もかも」
主の声に呼応するように、遠くでなにかが焼け落ち、ひび割れる音がした。
左腕がズキズキ痛む。立ち上がらなければ。主を追いかけなければ。そうしなければ、二度と会えなくなってしまう――そんな衝動もむなしく、敵に斬られた足は微塵も動いてくれない。
「こんな人生、なんの意味もなかった」
肉が勢いよく裂かれる音。
目の前で斬られ血を吹き出す主。
炎を乱反射する、敵の甲冑。
俺の記憶はそこで、暗転した。
そしてその記憶は消され、初期化された。
――はずだった。