第7章 ボナペティート・アモーレ・ミオ
まずはカプレーゼから。
トマトとモッツァレラチーズの相性が抜群だ。それをアンチョビの塩気が何倍にも増幅させる。
キノコのマリネは風味がとても豊かだ。欧州の森を想起させる爽やかな匂いに一陣の風、これはレモンだろう。トリュフは味はあまりしないが香りが強い。
ブルスケッタに使われているバゲットを噛むと香ばしい小麦の香りが鼻腔に広がり多幸感を覚える。クリームチーズの濃厚な味となめらかな食感も口内が楽しい。
牛肉のカルパッチョはとても柔らかく、何度か噛むと口の中で消えて無くなってしまう。バルサミコ酢のソースも酸味が絶妙だ。
「美味しい...。」
それ以外の言葉は出て来なかった。
「ああ、実に素晴らしい。だがそれよりも、君が気に入ってくれて良かった。」
橘ジンは微笑してわたしを見つめている。
わたしは少し気恥ずかしくて目を逸らした。
「なんで橘ジンはこんな店を知ってるの?」
「それはもちろん、ナナに喜んでほしくて入念にリサーチをしたのだよ。テーブルマナーについてもしっかり予習をね。」
わたし達は前菜を食べ終えた。
「使ったカトラリーは皿の右下に並べて置くのだよ。万が一食べ残しがあれば上の方に寄せておくと良い。しかしこの店ではその必要は無さそうだ。」
ウェイターが使った皿を下げると他のウェイターがすかさず次の料理を運んできた。
「こちらは第一の皿、プリモ・ピアットのリゾット・ネエロでございます。イカスミをベースにドライトマト、フレッシュトマト、ニンニクで風味を付けて鳥の出汁で炒め煮た物でございます。ごゆっくりお召し上がりください。」
磯の良い香りがして食欲をそそられる。
スプーンを使って真っ黒なリゾットを口に運ぶ。
見た目は独特だが、味は思ったよりあっさりしていて良い。ニンニクが効いているので程良くパンチもある。
「わたしイカスミ食べるの初めて。」
「それは良かった。これからもっと色んな経験を私と一緒にしていこう、ナナ。」
優しい口調で橘ジンは言った。