第7章 ボナペティート・アモーレ・ミオ
リゾットを食べ終えると次が運ばれてきた。
「こちらは第二の皿、セコンド・ピアットのスズキのポワレ、シチリア風でございます。ポワレはフランス料理において肉や魚を適量の油で焼く事でございます。それをシチリア産のトマトとレモンを使いイタリアンにアレンジしております。ごゆっくりお召し上がりください。」
スズキの香ばしい匂いを嗅ぎ、期待に胸を躍らせる。
ナイフで適当な大きさにスズキの身を切り分けてフォークで口に運ぶ。
口の中でスズキがホロリと崩れる。魚の旨味がスープとなって口中に広がる。
ブラックペッパーの心地良い刺激が良いアクセントになっている。
「今日君とここに来れて良かったよ。ありがとうナナ。」
「え?お礼を言うのはわたしの方だよ。ありがとね橘ジン。」
なぜわたしがお礼を言われたのか分からずにキョトンとしていると、橘ジンは語り始めた。
「君と出会う前の私は空虚だった。多くの同胞を手にかけて汚れた手で道を切り開いてきた。その道は私1人で十字架を背負い歩いていくものだと思い込んでいた。しかし君と出会ってそれは違うと分かった。君は私の犯した罪を否定せず、ありのままを受け入れてくれた。それがどれほど私の救いになった事か。私の今後の人生の全てをかけて恩返しさせてほしい。」
橘ジンは大真面目にそう言った。
「好きだナナ。これからも私のそばにいてくれ。」
橘ジンはスーツのポケットから黒い箱を取り出してわたしに差し出した。
箱を開けると中には何も入っていない。
「なあんてね。まだプロポーズには早い。」
「え?」
「ジョークのつもりだったのだが、本気にしてしまったのかね?」
「......。」
「それはすまなかった。お詫びと言っては何だが、その左手薬指の指輪で許してはくれないかね。」
「え?」
気付かないうちにわたしの左手の薬指にはプラチナと思われる指輪がはめられていた。
「君を幸せにすると誓う。結婚しよう。」
わたしの双眸からは涙が流れた。
「はい。」
わたしがそう言うと急に歌声が聞こえた。
先程まで食事をしていた人達がわたし達を囲んで歌を歌っているではないか。
「ワーグナーの『婚礼の合唱』だ。こういうのは嫌いかね?」
キザな男を好きになってしまったものだ。