第8章 リグレット
わたしはコーヒーの芳醇な香りと聞き馴染みのある優しい声で目を覚ました。
「おはよう橘ジン。」
「おはようナナ。君にはミントティーを淹れてある。飲んで目を覚ますと良い。」
「ありがとう。橘ジン、いつもちゃんと寝てる?」
「ああ、毎日3時間はね。心配は要らないさ。」
コーヒーを啜りながら橘ジンはそう答えた。
「もっとちゃんと寝なよ。朝ご飯とかもっと適当でも良いからさ。」
「お気遣い感謝するよ。しかし私は『眠る』というのがあまり好きではなくてね。」
「どうして?」
「......夢を見るのだよ。」
橘ジンは珍しく物憂げな表情を浮かべている。
「どんな夢か聞いても良い?」
「ああ。話してあげよう。」
自嘲しつつ橘ジンは語る。
「.......。私が殺した同胞達が...私を追い回すのだよ。『ジン、お前のせいだ。死で全てを償え。』とね。私は何も出来ずにただ逃げ回る。終いには断崖絶壁に追い詰められて彼らが一斉に私に襲い来る。そこでいつも目が覚めるのだよ。」
彼の肩は少し震えている。わたしは橘ジンを抱きしめた。
「ナナ......。」
「良いんだよ、無理しなくても。わたしの前でくらい弱いところ見せてよ。」
「......。」
「わたしがそんなに頼りなく見える?」
「......違うんだナナ。君の前では頼り甲斐のある私でいたいのだよ。君を失望させたくはない。」
「失望なんてしないよ。寧ろ橘ジンも普通の人間なんだなって安心したよ。」
「ナナ......。ふっ。」
橘ジンは急に笑い出した。
「え?どうしたの?大丈夫?」
「いや失敬。見事に君が騙されているのでね。」
「もしかして.......。」
「悪夢にうなされて目が覚めるというのは嘘だよ。私が元々ショートスリーパーなだけさ。」
「もう!心配して損した!」
「だが、たまにはこういう私も良かっただろう?」
「ノーコメント。」
「機嫌を直してくれたまえ。プリンを作りおきしている。一緒に食べようではないか。」
「2つともくれたら許す。」
「君がそう言うと思ってね、3つ作っておいたのだよ。」
「じゃあ3つ!」
でも2つでおなかいっぱいになって結局残りは橘ジンが食べてしまったのはここだけの話。