第5章 Episode:05
何が何だか分からなくて、恐る恐る目を開けてみると、腕に押しつけられようとしていた煙草は、ぐりぐりと靴で踏み消されていて。
半ば呆然としながら目線を上へ持って行ってみると、綾瀬がおかしくて仕方ないといった様子で、目尻に浮かんだ涙を指先で拭いているところだった。
「マジでやるわけないじゃん!」
アンタほんっとバカだよね、と爪先で私の頬を小突き、クルリと背を向け綾瀬が歩き出す。
それに続いて私を押さえていた二人や、傍観していた子達も、ぞろぞろとその場から立ち去っていく。
そして、最後に。
「チクんじゃないわよ」
太い釘を刺して、悠々と綾瀬が振り向いた。
指には私から取り上げたあのペンダントが掛けられていて。
ゆらゆらと揺れながら、私の手が届かないところまで遠ざかっていく。
守るべきもの。
何としてでも守らなくてはならなかった、もの。
あれは野薔薇ちゃんそのものだった。
分かってはいるのに、恐怖に支配された身体はもう一ミリも動いてくれない。
そのくせ、指の先まで浸透している震えは一向に止む気配はなくて。
土だらけの制服。
弾け飛んだボタン。
痛む腹部。
もみ消された煙草。
野薔薇ちゃんの笑顔を、心の中に思い描くことが出来ない。
自分可愛さに、簡単に暴力の恐怖に屈してしまった私は、その資格すら失ってしまったような気がして。
その体勢のまま、しばらくそこから動けずにいた。
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