第10章 愛しい人
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白哉は美穂子に真実を告げるまでに数日の時を有した。
言わないという選択肢などありはしなかったが、それでも白哉の中で整理をつけるための時間が必要だった。
既に美穂子のお腹はかなり大きくなっており、現在は朽木家で安静にしている美穂子が、白哉以外から事実を聞く機会はない。
けれど、白哉の何気ない表情が美穂子に不安を与えた。
何か話そうとして、話せないでいる白哉を美穂子は何も言わずじっと待つことにしたのだ。
白哉を信じているから。
そう、思いながら。
「私は―…産みたいっ」
白哉から聞かされた事実ー…自分か、子供か。
そんな選択肢に、美穂子ははっきりと白哉を見つめて答えた。
白哉の顔に動揺が走った。
「美穂子、しかし…」
想定できなかったわけじゃない。
きっと美穂子なら、自分よりも子供を選ぶというに決まっていると…それは確信にも似た予感はしていた。
そういう女だ。
けれど、実際に口にされれば…白哉の動揺を誘わないわけもなく。
白哉の視線が少し揺れた。
「この子は生きてるもの。半分、白哉の血が入っているこの子なら、尸魂界で生きていけるわ」
そっと美穂子は自分のおなかを触る。
胎動が…ぽこっと動く。
確かに生きていて。
そして…生きようとしている我が子を…どうして見捨てることが出来ようか。
「しかし…そのかわり、美穂子。お前が…」
「それでも!生きてる命を奪いたくない!」
「…っ、美穂子」
「大丈夫。絶対―…大丈夫だから」
何を根拠に。
白哉は思う。
思うが…それは、口には出せなかった。
美穂子の手が震えているのが見えた。
子を誰よりも感じている美穂子が、怖くないわけがない。自分がいなくなることも、子供が消えてしまうことも。
白哉はぐっと歯をかみ締めた。
(また…愛しい者を私は失うのか)
今度こそ、愛しい人を守ると誓ったのに。
選択を強いられ、結局愛しい者を守ることすら出来ない自分が歯がゆい。