第1章 内気な子
今日は心臓がとても忙しい日。
久しぶりに触れれる嬉しさに、私も龍之介さんの背中に腕を回した。
おたがに何か話すということもなく、数分で放れてしまったけれども、今はこれで満足。お互い忙しくて全く会えないことなんてよくあることだから。
わざわざ会いに来てくれたっていうサプライズだけで、一ヶ月は我慢できるはず。
「あ、そうだ。湊川さんを待たせちゃってるんです」
そんなに時間の感覚がなかったけれども、かれこれ数十分経ってしまっていたので、名残惜しいけど急いで鞄を手に取る。
「俺もそろそろ戻らないと、天に怒られちゃう」
どうやら龍之介さんもこっそりと出てきてしまったみたい。
スマホを見て、連絡が来たとわざわざトーク画面を見せてくれた。
そこには九条さんから『今どこにいるの?』というメッセージが届いていた。
「ふふっ、また八乙女さんや九条さんにもご挨拶したいです」
「そういってくれるとあの二人も喜ぶよ」
同じ事務所である私たちが交際していることは公には宣言していない。知っている人は湊川さんと、八乙女さんと九条さんだけ。
プロ意識の高い九条さんには、お付き合いを始めたての頃あまりいい目では見られなかったけれども、今では一緒に甘いものを食べる仲になっている。
八乙女さんにもそれなりに仲良くさせてもらえているので、たまに相談をさせてもらったりしている。頼りになるお兄さんみたいな感覚に近いのかもしれない。
鞄の中身を確認して再度忘れ物がないかをチェックして、龍之介さんに向き直る。
「じゃあ、今日はお疲れ様です」
少し寂しいけれども、これ以上湊川さんを待たせるわけにはいかないのでここは我慢の時だと自分に言い聞かせる。
「うん、お疲れ様。また連絡するね」
そういって龍之介さんはフレンチキスをして、楽屋を出て行ってしまった。
一方の私は突然のキスに驚いてしばらくフリーズしてしまった。
キスをされたと認識すると、顔に熱が集まる。
「うぅっ…」
思わずその場にしゃがみこんで顔をうずめてしまう。
ずるい。龍之介さんは二人っきりになるととことん私を甘やかしてくれる。今なんてまだ軽い方。
本当に二人っきりのときは基本抱きしめられているし、本当に何でもしてくれる。