第1章 内気な子
「ほら、いつまで頭下げてんの。控室に行くわよ」
下げていた私の頭をパシっと叩いて、先に行ってしまう。
ひ、ひどい。
「うぅ〜、待ってよぉ」
叩かれた頭を押さえて、湊川さんの後をついていく。
控室に通されると、そこにはいつも担当してくれているメイクさんがいた。
「あら、ななかちゃん。いらっしゃーい」
私が来る前に準備してくれていたのであろうメイクブラシをブンブン振って私に反応してくれる。
いつ見ても、綺麗なんだよね。
あんなふうに自分に合うメイクをすることができたらいんだけど。
「お久しぶりです。今日はよろしくお願います」
「湊川ちゃんも、久しぶり。最近忙しそうね?」
「そうですね。これもななかのおかげです」
そ、そんなこと滅多に言われないから恥ずかしい。
でも、そう言ってくれるのってとても嬉しい。普段から私を守ってくれるその背中に今すっごく飛びつきたいのですが。
い、いいかな?
「うわっ」
「あらっ」
加減ができずに、思ってたより強く飛びついちゃった。
龍之介さんとは当たり前だけど、全然違って。ほんのりと香ってくるシトラス系の香水の匂い。
私の大切な仕事のパートナー。
「ちょっと、いつまでくっついてんの。早く支度しなさい」
「はーい」
メイクさんに通されて、大きな鏡の前に座る。
「はぁー、相変わらず綺麗な肌してるわね」
そう言って、スキンケアから始まる。
化粧水を含んだ冷たくなったコットンを顔に当てられるのはいまだになれない。
今回のドラマは古書店を経営している私が、一人のお客さんと出会っていい雰囲気にはなるんだけど、その人は実は顔を変えた指名手配犯だったていうオチらしい。
カップルになるかならないかで終わっちゃうんだってさ。
そんな役だから、メイクはシンプル。髪の毛も、軽く巻いて後ろで括ってしまう。メイクさんにかかれば一時間もかからずに終わってしまう。
「はい、完成!今日も最高ね」
「あ、ありがとうございます」
湊川さんから衣装を受け取って、着替える。
白いシャツに、黒いスキニー。
とってもシンプルだけど、少し大ぶりのピアスをつける。
ふと鏡に映った自分を見る。
…大人の雰囲気がすごい。
私じゃないみたい。
普段着ないであろう服装に、メイク。
いつもと違う自分になれるのが楽しみ。