第1章 内気な子
ぞろぞろと戻っていく後ろ姿を見ていると、思い出したかのように龍之介さんはこちらを向いて手を軽く振ってくれた。
それがうれしくて、私もこっそり振り返す。
こっそりとはいっても湊川さんは近くにいるので、私たちの様子を見てコツンと頭を叩かれた。
「ほら、私たちもいくわよ」
「はーい」
促されるまま私は次の仕事に向かうため歩き出した。
永井廊下を歩いていると、ふと思い出したのは再来週の土曜日についてだった。
「あの、湊川さん」
「ん?なに?」
私の少し前を歩いている湊川さんに話しかける。
首を少しこちらに向けて私の声に反応してくれた。
「あの、再来週の土曜日なんですけれども、午後からは今のところ予定って入っていないですよね?」
「再来週?ちょっと待って頂戴」
肩から掛けていた鞄からタブレットを取り出して、ササッと操作を始めていく。
すると私の名前が書かれてあるファイルを開いた。
「今のところ入っていないわね。午前で終わりよ」
「よかった。可能なら、午後からはプライベートで予定を入れたくて」
そういうと、湊川さんの目がキラリと光った。
「さては、十さんね」
「あはは…」
基本的にスケジュールについてはすべて湊川さんに任せてあるので、私が口を出すことはめったにない。
それこそ、こういった約束事がない限り。
でも、そもそ友達といえる人が少ないので必然的に私のプライベートの用事は龍之介さんとなってくる。
「仕事が入らないように調整してみるわ。お願いだからバレないようにしてね?」
「はい、気を付けます」
よかった、なんだかんだで私の希望は叶えてくれるのでよっぽど重要な仕事ではない限り入ってくることはない。
これで久しぶりに龍之介さんとゆっくりすることができそうだった。
「ふふっ、嬉しそうな顔してるわよ」
「はい、嬉しいですから」
これだけで、今日の仕事も頑張ろうって思えるんだから我ながら単純だなって思った。
それからのお仕事はあっという間、ドラマの仕事の資料を読み込んだり、私がイメージモデルをしているコスメブランドの新作CMの撮影。
この二週間はほぼ毎日働きづめで、少しくたびれてしまったけれども、いよいよ明日は龍之介さんとの約束の日だった。