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恋、つまり、まばたき(R18)【カラオケ行こ!】

第1章 いつも、いきなり


「さっきの人お客様?」
「あっ、はい。……近くを通っただけみたいで。顔見知りなので挨拶してました。仕事中みたいやから、すぐ帰っちゃいましたけど」
「かっこいい人やったね〜びっくりした……この売り場に男の人がくること自体珍しいけど、なかなか見ない男前やね」

他のスタッフに狂児のことが印象づいてしまい、ドキマギする。関係を訝しがられたくはない。

一応カモフラージュのポーチを手に、狂児がいた方向へ向かう。
長身と近づきがたい凄みを感じさせる雰囲気はすぐに見つかり、向こうもこちらを認めると奥まった化粧室の方向へすっと消えた。

『おトイレ?あっ……』

楓が思っていた方向とは逆側の、スタッフ用の出入り口のドアが閉まりかけている。

『狂児さん、なんでそっち行ったの?』

もちろん関係者以外立ち入り禁止の札が貼られている。狂児がそちらに用があるとは思えない。慌てて後を追った。

「きゃっ」

ドアを開けた瞬間、ぬっと腕が伸びてきた。
肩を掴まれ、抱き寄せられる。
広くたくましい胸に顔を押し付けられ、強い香水と煙草の匂いがしてくらくらした。

「静かに」
「は……はい」

低く落ち着いた声で耳元で囁かれて、更に体から力が抜ける。狂児が楓の背中側に周り、肩を抱いて歩かせる。
関係者用通路をさっと抜け、手を引かれて非常階段を下る。
どんどんと下ると一番下は行き止まりで、非常口とその周りが倉庫のようになっている。
薄暗く、埃臭い。

「狂児さん……こんなところなんで知ってるんですか……?」

一番下に着いたところで手を離されて、狂児を見上げた。
楓より頭一つ分以上長身の彼は薄暗い照明を塞ぎ、楓の上に濃い影を作る。
狂児は薄く微笑んでいる。
口元だけで笑ってみせるがそれでもどこか甘さのある目元が、酷薄さを薄れさせている。その笑みは、相手を油断させるのに十分な効果がある。

黙ったままの彼に肩を掴まれて壁に押し付けられ、大きな体が屈んだ。肩に置かれた手から、そして近づいた体躯から、体温が伝わる。

「狂児さんっ……」

咎めるように名を呼ぶ。
綺麗な顔が近づいてきて、香水の匂いが胸の奥まで刺さるように入り込む。鼻先が触れる。顎を親指と人差し指で摘まれ、そのまま唇が触れた。重なる。
一連の動作には強引さを感じず、むしろスマートささえ覚えた。

「んん……」
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