第5章 霜天のブルーデイ《短編》
誰かの話し声が聞こえて、意識がはっきりしてくる。
どうやらさっき治に返信をした後、もう一度寝落ちしてしまったみたいだ。
さっきより楽になった身体を起こすと、ぼんやりとした視界にローテーブルに向き合って座る侑と角名が映る。
侑「お、起きたんか」
角「おはよう、マネージャー」
治「カラダ大丈夫か?」
キッチンの方に視線を向けると、何やら作業をしている治の姿が目に入った。
『二人とも練習おつかれさま』
『治だけじゃなくて、角名も来てくれたんだ…』
治「もともとお見舞いには来るつもりやったんやけどな。一番最初に言い出したんは角名やで。」
意外だった。仲は悪くないはずだけど、正直角名は何を考えているか本心を掴みかねるところがある。
部活の時に関わるただのマネージャー、くらいの認識かと思っていた。
『部活後で疲れてるのに。ごめんね』
角「別に。早く回復してもらわないと困るから。」
顔を背けてしまった角名をちょっぴり可愛いなと思ってしまった。
ふとキッチンから漂う空腹を誘う香りに意識が向く。
『いい匂い…』
治「お、腹は減ってるみたいやな」
風邪ひいてても、これなら食えるんちゃうかなと思って。
そう言って、小さな土鍋をお盆にのせてベットサイドまで来てくれる。
ぱかっと蓋が開けられると、立ち上る湯気と一緒にやさしい出汁の香りが鼻腔をくすぐった。
溶き卵の黄色とネギの緑のコントラストも美しい。
『わあ…すごい…。これ卵雑炊?治が作ったの?』
治「おん。俺らがちっちゃい頃、体調崩した時にオカンが作ってくれたん思い出してな。」
ーーさっきオカンに作り方聞いてはじめて作ったから、味は保証できんけど。
少し照れたようにはにかむ治の姿に、不覚にも胸がときめいてしまった。
きっと幼い時に食べたその味が、彼にとっては忘れられない風邪の思い出で。
自分の嬉しかった経験を他の人にもしてあげようという治の優しさを痛感する。なんてあたたかい人なんだろう。
『ありがとう治…。とってもおいしそう…!』
そんな思い出の一品は、食べる前からすでに美味しかった。