第5章 霜天のブルーデイ《短編》
侑「着いたで」
背中から伝わる体温が心地よくてうつらうつらとしていたのも束の間。
侑の声で現実世界へと戻される。
見覚えのあるドアの前で、こわれものを扱うかのように丁重に降ろされた。
ポケットから取り出した鍵を差し込み、扉を開ける。
『ただいま』
そう言って中に進むも、もちろん返ってくる言葉なんてなくて。
でもそれは普段の話。
侑「久々やなぁ、中に入るんは」
今日は一緒に帰ってくる人がいる。
もともとひとりでいることが苦痛にならない性格なので、一人暮らしが嫌だったことはない。
だけれども、しんと静まり返ったひとりぼっちの空間が弱った心身には堪えるようで。
気遣ってくれる家族がそばにいない孤独や、いつもは感じることのない寂しさが、溢れ出たように襲ってきてしまう。
だから、体調が悪い時に自分の家に帰ることは苦手だった。
はずなのに。
『あったかいなぁ、』
思わず口から溢れた言葉。
侑「は?!むっちゃ寒いやんこの部屋」
怪訝そうな表情を浮かべた侑がこちらを覗き込む。
ーーーやっぱお前熱上がってきたんちゃう?
急に視界に大きく映し出された端正な顔。
前髪を上げた侑が近づいてきて、肌と肌が触れた。
普段ならば押し返しているところだけれども。
熱に侵されたカラダにはそんな体力も気力も残っていなくて、睫毛長いなあ、なんて暢気なことをぼんやりと考える。
侑「アッツ!やっぱ熱あるやん!」
ーーーほら、ベッド行くで。
腰とももの裏に手が添えられたかと思えば、ふわっと宙に浮く感覚。
どうやら侑に横抱きにされたらしい。
『お、お姫様抱っこ……』
侑「お前がしろって言うたんやろ」
『………これ、想像以上に恥ずかしい、ね』
もう下ろして、そんな呟きが聞き入れられるはずもなく。
ひょいと抱きかかえられたまま、ベッドまで運んでもらう。
『ありがとぅ、、あつ、む、』
体感温度が上昇したのは風邪のせいだけではない気がするけど。
火照る顔を隠したまま、意識を手放した。