第5章 霜天のブルーデイ《短編》
侑「ほら。乗れや。」
『え、』
思ってもいなかった言葉に驚きのあまり思考が停止する。
あの侑がこんなに人に優しく接するなんて。
こちらに背を向けて屈む姿に直立不動になってしまう。
侑「なんや。早よせえ。」
少し不機嫌な声が聞こえる。これ以上機嫌を損ねるわけにもいかないので、覚悟を決めて鍛えられた背中に体重を預けた。
それにしても。
『どうして、侑がここに…?』
暫く無言で歩いていたが、彼らの姿が見えなくなって安堵したら率直な疑問が口から零れた。
侑「あ゛?お前調子悪そうにしとったやないか。」
ーーただでさえ、変な虫に絡まれやすいしな。
自覚しいや、この鈍感女。
『え?』
侑の呟きは街の喧騒に呑み込まれ、私の耳に届くことはなかった。
ーーー
『……そこはお姫様抱っこじゃないんだ、』
見栄っ張りな侑のことだから、てっきりドラマや少女漫画でよく見るあの抱え方をすると思っていた。
いや助けられた身である以上、不平も不満もないのだが。
侑「あ゛ァ?!振り落とされたいんか?」
ぼそっと呟いたひとりごとはバッチリ聞こえてしまったらしい。
『嘘です!侑クンの背中逞しくてステキです!」
侑「わざとらしい演技やめえや!」
ーーまあ、こっちの方が柔っこいの当たるし役得やな。
またもその小さなひとりごとは、寒空の冷たい風に吹き消されてしまった。