第1章 かくれんぼ(謙信)
「幸村!」
「はいっ……!」
やや焦れた顔の謙信が襖を勢いよく開ける。
覚悟をして待ち構えていたが、やはり謙信の威圧感には緊張する。
不機嫌ではないが勝負事の最中に高揚する謙信には凄味が増す。
むしろ表情だけで言うなら上機嫌という様子だが、それも物騒な雰囲気を纏い、戦さながらの高揚した笑みを浮かべていれば不穏でしかない。
「ここに夜長が来ただろう?」
部屋を見渡して一見いないのを確かめた後に幸村を見下ろす。
刀こそ抜いていないが不敵な笑みを浮かべる謙信に、幸村は刀を抜いておかなかった事を後悔した。
「はい、少し前に」
「それで?どこへ行った?」
「知りません!俺が謙信様に噓をつくのは無理だという事で、何も聞いてません!!」
潔くぶちまける幸村に、謙信も形の良い唇を持ち上げてうなずく。
「……ふん。存外先を読むな。面白い」
謙信の目には高揚と愉悦、そして獰猛な光がない交ぜに渦巻き、ただの戯れとは思えない顔をしている。
「あの、謙信様。もし次の鐘が鳴れば謙信様が勝ちですか?」
「ああ。まだ半時と少しある。この城内で俺が探し出せぬ時間ではない」
「信玄様とは、会いましたか?」
幸村の緊張した顔に、謙信は益々笑みを深める。
「幸村」
「……はい」
「これ以上お前に足止めをされてやる気はないが、お前がどうしてもというのなら相手をしてやるぞ?佐助の所で食った時間は惜しいが、お前が望むというならばお前の主人に代わって面倒を見てやるくらいに俺は面倒見がよいからな」
「いえ!どうぞ探しください!!」
情けなく後ずさる幸村は胸の内で「許せ、俺にはこれが精いっぱいだ」と夜長に謝った。
謙信はすれ違う家臣や女中にも気を向けながら、あまり足を運ばない城の東側にあるほとんど使われない物置部屋へ来た。
季節の変わり目に入れ替える調度品や、着物や布団などがまとめて収められている部屋である。
そっと襖を開けるとショウノウと湿気が混ざったにおいがし、けれど微かに右手前の押し入れから夜長の香りがする。
案の定、僅かに開いた襖から夜長の羽織が挟まったように少しだけ覗いていた。
ショウノウ臭い衣装部屋に隠れるのはなかなか良い案だが、裏目に出ている。
普段馴染んでいないにおいだからこそ、そこに混ざる夜長の香りがすぐに分かるのだ。