第4章 虎でも猫でも(謙信)
「まぁまぁ。つまり、名前は一生物だから慎重に付けないとっていう事です。とはいえ、乱世なら簡単に改名出来るみたいだからいいんですけどね」
謙信は摘ままれた頬を撫でる夜長の頭を軽く撫でてやりつつも、小さくため息をつく。
「それなりに意味のある名付けだ。俺からすれば元服で名を変えぬ方が恥じるべきだぞ。まだ子供でいるつもりかと」
「一応、子供と大人の形式的な区別はありますが、まぁ、確かに儀礼的な物は少なくなってますね。けれど謙信様、それだけ無事に大人になれるのが普通な世の中になったという事ですよ。自然災害はありますが、そのせいで国が大飢饉になったりはしません。出産での死亡率も下がってますし、乳幼児の死亡率も低くなっています」
佐助の説明に謙信は「それはよい事だ」と答えつつ、不満がおさまらない。
夜長はプレゼンのような佐助の口ぶりに感心していたが、謙信の不満そうな表情に気付く。
「……どうかされましたか?」
心配そうに声を掛ける夜長の頬に触れ、目を細める。
口の端を品良く吊り上げて微笑む謙信に夜長は思わず身構えてしまう。
仕草は優しいくせに目つきが凶悪な時の謙信は、何をしだすか、言いだすか分からないからだ。
謙信は穏やかな声で言う。
「夜長、お前は随分と俺を可愛がってくれるな」
意図の分からない言葉に夜長は首を傾げる。
「はい?」
「小虎だの茶虎だの。猫扱いをしたければ精々早く俺の子を産んで好きに名付けろ」
艶めく声で言い、頬に触れている指先で白く柔い皮膚を愛でる。
「子供であれば、好きなだけ猫可愛がり出来るだろう」
一瞬で頬を赤くする夜長に満足する謙信を眺めながら、佐助は表情を変えずに茶をすする。
「謙信様は我儘で極端なくらいに率直だと思っていましたが。単純に動物的なだけなのかもしれないですね」
淡々と感想を述べると、わきまえた忍は「ご馳走様でした」と手を合わせて姿を消してしまった。
「ふん。分かったように言う」
佐助の気配が無くなったのを確信して謙信は言う。
そして赤くなった夜長を真っすぐに見つめた。
色違いの双眸が高揚して熱を浮かべている。