第4章 虎でも猫でも(謙信)
「お前たちの世間論評は混乱する。ちゃん付けとはなんだ?」
「そうですね。小さい子供や女性の名前にくっつけることが多いんですけれど、男性にも付ける場合があります」
佐助が説明する。
「要するに誰にでもくっ付けられるのか?」
自分も茶を飲みながら尋ねる。
「まぁ、付けられない名前は思いつきませんが。でも、関係性で意味合いも変わるので」
佐助の説明に夜長も頷く。
「そうですね。例えば赤ちゃんや子供の名前に付ける時はただ「小さい可愛い子」という感じなんですけれど、兄弟姉妹同士でも使いますし、恋人でも親子でも仕事仲間でも使えますので」
夜長も説明しながら難しいなと思う。
佐助も同様だ。
「例えば、純粋に具体例なので怒らないでくださいね?」
佐助が慎重に前置きをする。
「なんだ?」
謙信が気だるげに先を促す。
「謙信様は幼名が虎千代ですよね」
「ああ」
「俺たちの感覚だと一生「虎千代」という名前で生きるんです」
謙信が怪訝な顔になる。
「元服と言う概念はないのか?」
「まぁ、近いもので「成人式」という概念はありますが、名前を変えたりはしません」
「それで?」
「それで、この場合、謙信様がお小さい頃ならご両親などが「虎ちゃん」と呼んだりするわけです。」
「……」
謙信はあからさまに不快そうな顔だ。
「例えばです。で、友人も「虎ちゃん」とか「虎君」と呼びます。まぁ、親によっては普通に「虎千代」とか「虎」と呼ぶかもしれません。」
「……それで?」
自分も乗りかかった船とあり、渋々先を促す。
「それで、年頃になって恋仲の相手が出来たら、お相手は「千代君」とか「虎君」と呼ぶか、これも呼び捨ての場合も多いです。」
「でも子供の頃なら「小虎」とか呼ぶかもしれないですね。可愛いです」
愛らしく笑って言う夜長に思わず和みそうになるが、「小虎」などと猫の様に呼ばれるのはお断りである。
「可愛いなどと思われたくはない」
目を伏せて短く言う。
「そうですか?あ、あと、あだ名もありますね。虎千代なら、なまって「ちゃとら」って言われそうです。「虎千代」をひっくり返して「千代虎」、「ちよとら」「ちゃとら」って」
閃いたように言う夜長の頬を軽く摘まんで引っ張る。
「俺を猫扱いするな。何が茶虎だ」
声を荒げはしないが心底心外だという謙信に佐助がなだめに入る。
