第3章 名月や(謙信)
「付き合う」というのが「肉体関係を持つ」という意味に直結されてはとんだ誤解であり、そんな誤解をされては本当に困ってしまうのに、この雰囲気では誤解されかねない。
焦って困り果てる夜長と衝撃で顔を強張らせている謙信の様子に満足し、信玄はようやく追撃の手を緩めてやろうと話の方向を少し変える。
「まぁ確かに美しい思い出は心にいつまでも残るものだ。しかし夜長、君が男と喧嘩別れとは意外だぞ?この謙信に粘り強く付き合っていて他の男と上手くいかないとは得心がいかんな。これより面倒で厄介な男などいたか?」
「信玄様もそんな言い方止めてくださいってば!謙信様は面倒でも厄介な方でもありませんよ」
しつこく揶揄う信玄に夜長も怒った顔をする。
「謙信様は率直で誠実です。確かに率直過ぎて返って分かりづらい時もありますが筋の通った方です。私は一貫性の無い優し気な人よりも、ちょっと気難しくても筋の通った人の方がずっと好きです」
夜長の弁に信玄は興味深そうに目を眇める。
「ほう、面白い言い方だ。謙信はひねくれているが筋が通った男という意味か?随分優しくしていると思うが」
「物のたとえです」
夜長はは辛抱強く説明する。
「私が男の人と喧嘩になる原因は大体が「約束を守らない」ことなんです。待ち合わせに遅れるとか、一緒にしようと約束した事を実行しない人と喧嘩になってたんです」
「君が怒るのか?少し待ち合わせに遅れたくらいで」
信じられんという顔の信玄に夜長は姿勢を正す。
「少しくらいなら待てますが、それも毎回なら怒ります。時間が守れない人はお金にも異性にもだらしがないと母と祖母に教えられていますので」
思わぬ強い口調に信玄は一本取られたという微笑みを浮かべ、謙信は難しい顔をしている。
概ね信頼され褒められているはずだが、それでも他の男と何度も恋仲になっているというのは初耳であり、想定していなかった。
驚くほどに自分でも衝撃を受けているのが自覚できる。
何人の男がどんな風に夜長に触れ、夜長がどんな声で囁き、どんな笑顔を向けたのか。
想像するだけで沸々と激しい嫉妬が膨れ上がる。
そんな謙信の内情に気付かず、夜長は真面目な顔で信玄の相手に躍起になっている。