もしも蒼月潮が大人しめの女の子だったら……【うしおととら】
第3章 とどのつまりめんどくさい
_____一時間後、私は、デパートの中にある多目的エリアの入り口に立っていた。目の前の看板には、『羽生道雄作品展展覧会場』という文字。自分でもよく分かるぐらい、足が震えている。あまりの嬉しさに涙が溢れそうになるのをなんとか堪えることができた。
「______中村さん…好き……」
「へ…!?あ、わわわ私も……」
「うしおちゃんすごく見たがってたもん。良かったよね~、麻子がお父さんから"偶然"ただ券貰ってこれたりして!」
「真由子!」
そう、なんととらからセクハラを受けた次の日、つまり今日。中村さんと井上さんが突然家に遊びに来たかと思うと、暑さでバテていた私を、わざわざここまで連れ出してくれたのだった。……私のために!!
「はあ~一度生で見てみたかったんだ、羽生画伯の絵…
………っあ!!あれはもしかして、あの礼子像シリーズ!?いや、羽生画伯の個展なんだから当たり前なんだろうけどまさか、本当に、生で…うう、この作品なんか一生お目にかかる機会がないものだと……」
「うしおったら、好きなことについてはよく喋るのねー」
「連れてきた甲斐があったわね~麻子?」
「もう!」
本や雑誌でしか見たことのなかった大好きな絵画たちが、私の目の前にずらっと並べてあるのだ。落ち着いてなんかいられない。なんならずっと眺めていたい。
「…はっ、忘れてたけどとら、これぜんぶ絵だからね。変な気を起こしたりしないで……」
一足遅かったようで、既にかごいっぱいの果物が描いてある絵に噛みついた後だった。横目で不機嫌そうな顔を確認する。
「……枠に噛みついてたから良かったものの…絵本体に傷つけたら怒るよ」
「チッ!腹減ってるときに食いもんの絵なんか見て何になるんだよ」
「_______あー、羽生画伯の絵。もうすぐ全部見終わっちゃうなー…」
「なんか、さっきからここら辺の絵気味が悪いわ。一気に空気変わったっていうか……」
羽生画伯。熱心なファンも多く、美術賞もかなり貰っていた、いわゆる売れっ子の画家だった。そういう、これからという時、何を思ったか、だんだんおかしな絵を描きはじめた画伯は……
「この絵を最後に、亡くなったの」
全体的に暗い雰囲気を纏う絵の前に立つ。この個展の、最後の作品。一人娘の礼子像だった。