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マイハート・ハード・ピンチ

第12章 アンネリーのメランコリア


そんな、珊瑚の憂鬱な気分に呼応するかのように、雨脚が強まる。ザーザー、バラバラと、店先のアスファルトを打つ音のなかに、溶けて消えてしまいたならと、彼女は思った。

少しして、上品な紺色の傘が店先に現れた。
傘の持ち主は、パリッとした開襟シャツに、スラックスを履いている。銀色の癖毛に、長い睫毛、華奢な指先、神経質な眼差し。
そのたたずまいの慕わしさを、珊瑚は誰よりもよく知っていた。

「聖司さん…」
珊瑚が呆気にとられていると、聖司はやや気まずそうに店内に入ってきた。
「珊瑚。…そろそろ、バイト上がりの時間だろ。迎えに来た」
少し緊張しているのか、聖司の言葉は微かに揺れていた。
珊瑚も久しぶりの会話に、ドギマギとしてしまう。
「なんで、わたしが今日シフトってこと、知ってたの…?」
「琉夏が教えてくれた。メールが来たんだ」
そう言うと、聖司はまた自嘲気味に笑って俯いた。珊瑚はそんな聖司を不思議そうにみていたが、とくに追求せず、時計を確認した。
「…あと十五分、待ってて」
珊瑚はそう言い残すと、慌てたようにパタパタと店のバックヤードに駆け込んだ。

聖司は彼女を待つあいだ、店内に飾られた花々を見ていた。
この店は花の種類も多いし、ブーケのセンスも良く、店員の対応も申し分ないと評判の店だ。
店内のディスプレイはほとんど珊瑚が手掛けていて、花の配置や、日替わりのブーケなど、要所要所でセンスが光っている。
聖司は、こうして花を眺めながら、久しぶりに彼女と交わした言葉を反芻していた。
もっと優しい言葉があったのではないか、だとか、なぜ自分はもっと器用に彼女の気持ちを掬いとってやれないのだろうか、などと、自責の念は次々と浮かんでくるものだ。
だが、それ以上に、久しぶりに会う彼女の瑞々しい美しさ、他者を気軽に寄せ付けない気高さ、走り去るとき流れる髪、真っ白いうなじや細い首のたおやかさにこころ奪われている自分に驚く。
彼も彼女も、本気で向き合うが故に、相手にはどうしようもなく頑なで、不器用なのだった。
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