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マイハート・ハード・ピンチ

第12章 アンネリーのメランコリア


2人は海岸沿いの道にある廃線になった小さな屋根付きのバス停のベンチに腰掛けて海をみていた。
「そろそろ教えて。今日、どうしたの?」
何の説明もないまま、ノコノコと着いてきてしまった珊瑚だが、耐えきれず口火を切る。
「ああ…大したことじゃないんだ。すこし、話がしたくて」
珊瑚はじっと聖司の横顔を見つめる。彫りの深い横顔の、つんとした鼻や長い睫毛を。
バス停の屋根は、外の光を遮断して、ベンチに座る2人の肩に、濃い影を落としている。
不意に、聖司は立ち上がり、珊瑚に向き合う。夕陽を背に受けた彼の瞳の赤色が、闇の中できらりと微かに光を灯す。
そして、聖司は口を開く。
「俺は、もう逃げるのをやめるよ」
彼は目を背けなかった。じっと、珊瑚だけを見ていた。
「ピアノから。……そして、お前からも」
珊瑚は突然の告白に言葉が出ない。
聖司は手に持っていた花束をずいと珊瑚の胸元に押しやる。
「これはやる。花屋なら花言葉のひとつやふたつ、わかるだろ」
「えっ…ぁ……ありがと、ございます…」
珊瑚は驚きのあまりされるがままに花束を両手で抱え込む。
彼女が花束をおとなしく受け取ると、フンと満足そうに鼻を鳴らし、聖司はまたゴソゴソとポケットを探る。
「あと、ちょっと早いけど」
そう言って彼はベンチに座る珊瑚のまえにひざまずいた。
「な、なにして…」
聖司らしからぬ行動の数々に平常心をかき乱されっぱなしの珊瑚を、彼はウインクひとつで「まあ落ち着け」と制す。
「これが今日会いたかった理由。…ほら、できた。これからも左足につけろよ?」
珊瑚の左足首にはピンクゴールドのアンクレットがチラリと光っていた。
「きれい…」
珊瑚が感嘆のため息をつくと、聖司は満足げな顔で彼女の手を取り、すこし照れたように視線を落とし、
「誕生日おめでとう。あと…これからもよろしく」
とつぶやいた。
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