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マイハート・ハード・ピンチ

第12章 アンネリーのメランコリア


九月に入り、学校の授業が再開した。
まだまだ気温は高く、残暑の厳しい年になると天気予報が告げた。
九月の最初の週の土曜日の朝八時。珊瑚は憂鬱そうにベッドから起き上がる。
今日は昼からアンネリーでバイトだ。
今日のシフトはルカちゃんもいないし、有沢さんも不在で、退屈な1日になりそうだ。
そして何より、あれから一度も聖司さんともきちんと話せていない。
「はぁーあ」
彼女は大きなため息をついて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、喉を鳴らして飲む。
寝ている間にすっかり乾いた喉をうるおす柔らかな水の感触すら、とげとげとしていて喉を通らない。朝のパンも果物も食べる気が起きなかった。
彼女は諦めたように食事には手をつけず、身支度をはじめた。

「珊瑚ちゃんがこの前作ってくれたブーケ、知り合いが始めた雑貨屋さんに持って行ったんだけど、本当にセンスがいいって大層気に入っていたわ、それでね、今度…」
珊瑚は常連さんの長話をのらりくらりとやり過ごす。こういう時、琉夏の接客テクニックが羨ましいと感じる。彼のようにトーク力があれば、こういう話を心底楽しいと感じる心があれば、もっと上手くこの仕事もできるのだろうか。
例えば翠なんかと比べても、自分は他者への細やかな気遣いができる方でもなければ、愛嬌もない。
なんだか今日はずっと自己嫌悪してばかりで、調子が悪い。

四時過ぎに、ぱらりと夕立が降った。珊瑚は客がいなくなった店内のカウンターから、頬杖をついて外を見ていた。
夕立は、夏を惜しむかのような、蒸し暑く、ジリジリとした太陽の暑さを、カラリと爽やかに連れ去っていく。
こういう雨の日がこれから何日か続けば、今年のしつこい猛暑もすっかり秋空に変わるはずだ。
秋が来れば、冬になって、再び春が巡る。そうなれば、あの人は学園を去るだろう。
例えそうなっても、少し前の彼女なら、聖司の隣にいられる自信があった。
今は少し考えただけで、胸の奥がズキズキと痛んだ。
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