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マイハート・ハード・ピンチ

第10章 海岸線とテトラポッド


少し気分が落ち込んでいる時、珊瑚は楽器の練習や物づくりに没頭する傾向がある。
今日は花屋アンネリーのバイトの日。
珊瑚は朝から黙々とブーケ作りに精を出している。
柔和な雰囲気で接客も人気があり、ぱぱっと手際良くセンスのいいブーケを作る琉夏と、さりげないテーブルフラワーから、パーティやクラブへの差し入れに使う豪勢なブーケまで、なんでも独創的なセンスで作り上げる珊瑚は、いまやアンネリーの花形店員だ。

珊瑚は夏の花が好きだ。
同じ長さに切りそろえたひまわりをどっさりと太めの花瓶に活けるだけでも、見ていて元気が出る。珊瑚は不意に翠のことを思い出す。
そういえば、バーベキューで会って以降、なんだかんだ忙しくて会えていない。
「翠…元気にしてるかな…」
しゃがみこんでひまわりを見つめている珊瑚に、琉夏が話しかける。
「あっ!珊瑚。サボってる」
いつものように茶化してくる琉夏に、「ちがうわよ」と珊瑚は睨みをきかせつつ反発する。
そういえば、と琉夏が付け加える。
「さっき珊瑚が作ったトルコキキョウのブーケ、常連のミツエさんがすごく気に入って買ってったよ」
琉夏は老若男女にモテるので、常連さんの顔は全員把握している。とくべつ人懐っこいわけではないのに、不思議と憎めないところのあるこの男は、アンネリーの人気ナンバーワン店員である。
「そっか、よかった…」
答える珊瑚の顔を、琉夏はじいっと覗き込んだ。
「珊瑚さ…やっぱ最近元気ないよね。さっきのも普段なら『当然』ってドヤ顔するところじゃん」
そう言って、琉夏は珊瑚の顔を覗き込み続ける。珊瑚は不思議そうな顔で彼の瞳を見つめ返す。
じっと見つめ合っていると、付き合いが長すぎて忘れかけていたものの、やっぱり琉夏は顔が整っているなと、珊瑚は思う。カレンは彼のことを「ユニコーンとかドラゴンとか、想像上の生き物みたい」って言ってたっけ。確かにそうかも。そんなことを考えていると、急に琉夏が照れ臭そうに俯いた。
「なにそれ、反則。ほんと、珊瑚には効かないんだよな〜。俺の必殺技『見つめる』攻撃が…」
琉夏ははあーっとため息をつくが、
「…攻撃?」
珊瑚はキョトンとしている。
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