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マイハート・ハード・ピンチ

第9章 ストロベリーフィールズの夢


琥一は、特にプールに泳ぎに来たわけではないらしく(なぜならいつも通りガチガチに固められたオールバックがバッチリ決まっていたからだ)、いつものバイクに腰掛けてコーラを飲んでいる。
「おう。翠。やっと出てきた」
こちらに気がついた琥一は、ホッとしたような顔をして、翠を手招きした。
「やっと…って、ずっと待っててくれてたの?」
慌てて彼女が駆け寄ると、琥一は照れ臭そうに視線をそらしながらも、
「まぁ…な」とつぶやいた。

「今から家、帰んだろ?送ってやるよ」
琥一がヘルメットを差し出してくる。今の琥一の顔は、「あの」桜井兄弟として学園で常に噂の渦中にいる、悪名高い不良の顔ではなく、ただの翠の幼なじみ「コウちゃん」そのものだった。含みのない純粋さでまっすぐ翠を見つめるその瞳から、幼い頃の二人が思い出され、翠は無性に懐かしくなった。

自分たちがまだ小さかった頃、迷子になったり、友だちと喧嘩して一人で泣いている翠を迎えにきてくれるのは、いつもコウちゃんだった。自分自身は、あれからずいぶん変わってしまったような気がするけど、それでもコウちゃんは変わらず、わたしを迎えにきてくれるのだ。

そんな感傷的な気分に浸っていると、翠はまた自分が泣いてしまっていることに気がついた。

「お、おい…大丈夫かよ」
琥一は驚いた顔で、ヘルメットをしまいなおした。
「コウちゃん…わたし、マネージャー失格だぁ…」
ずっと耐えていた言葉を吐き出してしまうと、涙がとめどなく滝のように溢れてくる。
もう、何も変わって欲しくない。琥一、琉夏、珊瑚、幼なじみ三人との関係も、嵐、新名との関係も。でも、自分のその願いに、苦しんでいる人がいる。
普段の明るい翠からは考えられない彼女の取り乱しように、琥一もしばらく動揺していたが、
「よし、まああれだ。すこし座って話そうや。アイス奢ってやんよ。好きだろ?」
琥一がセブンティーンアイスの自販機を指差している。
翠はぐずぐずと鼻をすすりながらも、うつむいていた顔をあげる。
「グスッ…キャラメルリボン味がいいな…うう…グスッ」
「ちゃっかりリクエストしやがって!よし、ここに座ってろ」
琥一のおおきな手が翠の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
「…痛い」
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