• テキストサイズ

マイハート・ハード・ピンチ

第8章 演劇練習


本来、聖司と珊瑚の二人は、お互い才能に恵まれた芸術家同士として、通じ合っている部分が多いせいか、他人が入る隙のないほど、彼らだけが共有する世界を持っているように、紺野には見えた。それは周囲の他の人たちにとっても同じようで、聖司と珊瑚の仲を噂する声は絶えない。
通常ならば学園の三年生が主役を務めるはずの学園演劇のヒロインに、二年生の珊瑚を聖司が指名した時、誰も反対しなかったのは、こうしたイメージが学園内に浸透しているせいもあるだろう。

だが、今日はどうだろう。
二人が視聴覚室に揃っても、どこか気まずげに短い挨拶を済ませると、各々教室の対角線上に腰掛け、他人を寄せ付けないピリピリとしたオーラを放っている。
だが、どうやらその様子に気づいているのは、紺野と、珊瑚の友人の花椿カレンくらいらしい。

『ええ、あなたが別人みたいになって以来。あなたの態度は、がらりと変ってしまいましたね。目つきまで冷たくなって、私がいると、さも窮屈そうだ』

自嘲気味に笑う聖司と、いつになく凛々しく冷ややかな眼差しの珊瑚は、周囲の生徒たちには、高校生離れした俳優と女優に見えているのかもしれないが、紺野にはなんだかいつもの二人ではないようで、心が落ち着かない。

『はっきり言ってちょうだい。詩的な比喩を使ったって、あたしには分からないわ。この鴎も……なにかを訴えたいみたいだけれど、あたしみたいな莫迦な女には、あなたの考えが分からないの』

珊瑚は今、自分が演じている女を、男に振り回されてばかりで自分の人生の舵も取れない馬鹿な女だと軽蔑しつつも、どうしようもなく、彼女の言葉が自分の言葉のように感じられて仕方がなかった。珊瑚の葛藤は、きっとこの場にいる誰にもわからない、ただ一人を除いて。だからこそ、余計にむず痒くてたまらない。
/ 45ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp