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マイハート・ハード・ピンチ

第5章 夏の庭、ホームパーティ


聖司がピアノのまえに腰掛けると、雰囲気は一変し、シン、と張り詰めた緊張感が周囲に走った。そうなるともう、誰であろうと口を開く事は許されない。

彼は鍵盤に手を添える。そして、一音目。
キンと張り詰めた水面に波紋が広がるように、しずかに、じわじわと音の波が庭園を侵食する。人と人の隙間を、テーブルの隙間を、木々の隙間を通って、波紋のように絶え間なく、蜘蛛の巣のように精密で、絹の織物のように滑らかな波が、辺り一面に広がり続ける。
人々はその美しさに聴き惚れている事だろう。
だが、珊瑚はその音一つ一つの迷いを聴き取っていた。才能に愛されたからこそ生まれうる、彼自身の葛藤を、珊瑚は理解することができた。
なぜなら、彼女もまた、彼と同じ土俵に立つ音楽家の卵だったからだ。

演奏が終わると拍手喝采、3回のアンコールを終えて、聖司はようやく観客たちから解放された。が、相変わらず取り巻きの女の子たちは彼を離そうとしないようだった。

その様子を遠巻きからぼんやり見ていた珊瑚に、大人たちが話しかける。
「ねえ、あなた、日本画家の日波和紗さんの娘で、はば学の名門吹奏楽部のコンミスの日波珊瑚さんでしょ?才能に溢れていて素晴らしいわ。やっぱり一流音大をめざしているのかしら」
「先月号のはばたきウォッチャーでインタビューされてたの、見たわよ!」
「聖司くんとはどう言う関係でいらっしゃるの?」
珊瑚もまた、やっかいな取り巻きに囲まれてしまったのだった。
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