第3章 欲情
ダークブラウンの扉の奥には、大理石が敷き詰められた廊下が続いている。キャスト1人1人に個室が割り当てられ、私は廊下の奥の方の部屋だった。
「まさかこんなところで会えるとは思わなかった。だがそれは、まだあの時から変わっていない、ということになるな」
「そうですね。私はあの時からずっと娼婦のままです」
*
――理鶯さんと出会ったのは、まだ戦争が終わる前のことだ。
とある港町で、私は1人で客引きをしながら体を売っていた。その時、ちょうど海軍の船が寄港して、私はたまたま目の前を歩いていた理鶯さんに声をかけた。
『私を買ってくれませんか』
その一言に、理鶯さんは考えるような仕草をしてから、『ああ、分かった』と言った。
それでホテルへ行って――でも、結局、理鶯さんは私を抱かなかった。嘘の年齢もとっくに見抜かれて、私の境遇を尋ねられた。それから添い寝するように一緒に眠って、朝起きたらお金だけがおかれて理鶯さんの姿がなくなっていた。
*
優しくされたことなんてなかった私にとって、理鶯さんとの一夜は忘れられないものになった。
ここでの生活も良いとは言えない。でもあの頃の私はもっとすさんでいたし、良い思い出は理鶯さんとの過ごした夜位で、思い出すだけでつい無言になってしまう。
かつかつと靴の音だけが廊下に響き渡り、やがて私の個室についた。
「ここです」
部屋の前で鍵を取り出し、扉を開ける。高級感と清潔感を意識した個室内は、シャンパンゴールドと白を基調とした作りで、広々としたバスタブと体を洗うことの出来る広いタイル張りの床、2人並んで横になれるベッドに、ソファが配置されている。