第18章 人の生
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「相変わらず優秀だな、すみれ」
「本部では怒られてばかりです」
すみれはジジの仕事の引き継ぎをしつつ、バクの仕事の補佐をしていた。会えなかった年月を埋めるかのように。それはまるで恋人の相瀬のようだ。
「少し休憩でもしよう」
「え?私はまだ…」
大丈夫です、と言いかけるすみれに湯気のたつお茶を彼女にずいっと半ば無理やり渡す。
「ウォンが淹れた茶だ。
すみれのために気合を入れて淹れていたぞ」
「あ…りがとう、ございます」
ウォンは黒の教団アジア支部支部長補佐でにバク仕えている。何でも出来る執事のような人で、いつもバクの傍に控えているが今は姿が見当たらない。
「おいで」
バクは抱えていた書類を近くの机に置き、テーブルの椅子に腰掛ける。自分の隣の椅子に座るようすみれにも促した。
すみれは一瞬躊躇うもすぐに「はい」と返事をし、バクの隣の椅子に座る。そしてバクと同様にまだ熱いお茶を口元へ運んだ。
「…………美味しい」
「ふふ、そうだろう」
不思議なものだ。飲み慣れているのは紅茶やコーヒーなのに、中国茶に親しみを感じるだなんて。
またアジア支部は本部と違ってアジア系の人が多い。生まれも育ちも欧米であるが自分がアジア系特有の見た目を備えているせいか、この異国情緒にどうも惹かれてしまう。
「相変わらず、君は己で自分の首を締めるのだな」
「え…?」
のんびりとお茶を楽しんでいると突然放たれた言葉に、すみれは何を言われたのか理解が追いつかなかった。
「自分のことは本当にどうでも良いのだな。こちらが休憩を促さなければ、いつまで仕事をしていたんだ?」
「そ、そんな」
「過労死してもいいとでも、思っているんじゃないだろうな?」
「お、思ってなんか…!」
思ってなんかいません!と、言葉が続かなかった。
バクの怒気を含む口調に気を取られていたため、気づかなかった。切れ長の目が、寂しそうに、そして真剣にこちらを見つめていたことに。
バクの纏う空気が切なくて、すみれは息を呑んだ。いつもと様子が違うバクに戸惑いを隠せない。
(でも……本当に?全く考えたことない?)