第17章 想い思われ反発して
確かに、あの頃は。
すみれが貴族令嬢だった頃は、オレはすみれにとって数少ない心の拠り所であったと思う。
しかし、今は違う。
オレは何も変わらないが、すみれは違う。
あの頃より広い世界を知って、仕事を得て自立して、沢山の仲間ができて―――心の拠り所はもうオレではないし、気持ちだってあの頃のままなわけがない。
「そ…っ、だよなー!」
すみれに伸ばしかけた行き場のなくなった手を、慌てて頭の後ろで組んだ。
“必要ない”
すみれはオレにではなく、このマグカップに向って言った台詞だ。なのに、この言葉は鋭利な刃物のように俺の胸に深く突き刺さった。まるでオレ自身を拒絶されたような、そんな気分だ。
(……ホント、ひとり勝手に浮かれて…っ)
「…ははっ」
思わず自嘲するような乾いた笑みをこぼす。
一瞬、すみれが泣き笑いのような、そんな顔をしたように見えた。
「私が幸せに…なる、なんて、さ」
「…すみれ?」
(なんか、こう。
会話が噛み合ってないような…?)
「ペアのマグカップなのに、私1人で使うなんて、勿体ないしね!」
「は?!
………何で、そんなこと言うんさ?」
すみれの予想だにしない発言に目を見開いた。
「だって、ラビは……“貴族令嬢だった私”を知ってるでしょ?
叔父様たちに、加担してきたことを」
「加担?それはすみれの意志でしたことじゃねーだろ!」
「例えそうだとしても、私は幸せになれない」
「私なんて…」というすみれに沸々とした感情が湧き上がっていく。
(これは……)
怒り、だ。
「じゃあ、すみれは罪を犯したとして。もう幸せになったら、いけないのか?」
「……いけないと、思うよ。私はそれだけのことをした。」
(どうして……)
「質問を変える。
罪を犯して償っている奴は、もう幸せを感じたらいけないのか?」
「そんなこと…!
私は、ただ…自分が許せないだけ」
(どうして……!!!!)
誰一人、そんなことは望んでいないのに。
何故、すみれはそうやって破滅の道へ自ら突き進き進もうとしてしまうのか。