第14章 距離
「なんで、ディ…前の呼び方じゃ、だめなの?」
すみれは下を向いたまま、恐る恐るラビに問う。
どのような返事が来るのだろう。
以前のことを知られているのは、都合が悪いから?
ただ端に呼ばれたくないだけ?
こんな事を聞く鬱陶しい私は、今度こそ完全に拒絶されてしまうかなあーーーーー
すみれはギュッと目を瞑り、ラビから放たれる言葉に身構える。
「ブックマンの仕事上、前の呼び名は使えないんさ!」
「…え?」
「へ?」
ラビまで素っ頓狂な声を出す。
あ、あれ?
「そ、そうなの?」
私、拒絶されたわけではない…?
「え、俺この前も言ったじゃん!それにすみれも『わかった』って返事しただろ?」
「ええ?!うそ?!」
「うそって、オイ…」
ラビは頭を抱え「それ俺の台詞ぅー!」と叫んだ。
そ、そのくだり、聞いてなかった…!!
多分、私の頭の中で「ラビと呼ぶ」とは「ディックと呼ぶな」に変換され、“拒絶された事”になってしまったんだろう。勝手に自己変換して不要なショックうけて、その後の会話は頭に入っていかなかったんだ。
だってそう言われたあと、何か会話をして生返事をしたことだけは覚えている…!
「ご…、ごめんっ!!!」
「いや、もういいさ……だからさ、呼んで?」
「え?」
「俺の名前」
「…………ラ、……」
「ラ?」
「……ラビ、」
「おう、ヨシ!」
「わっ?!」
ラビはすみれの頭をわしゃわしゃっと撫でる。
かと思えばすみれの手を引き、食堂の隅っこへ誘導し座らせた。テーブルに置いてある水がたっぷり入ったコップを取り、「酒、飲みすぎさ」とすみれに差し出した。
「あ、ありがとう」
「ん」
すみれがおずおずと受け取るのを見届け、そして当たり前のようにすみれの隣に腰を下ろす。
少し優しくされただけで、以前の心地良い関係を思い出す。それだけなのに嬉しくて、涙腺が緩みそうになってしまった。
「俺さ」
「…う、うん」
「確かに、すみれに怒ってたし。正直、避けてた」
「………うん」
「すみれがキライとか、そんなんじゃなくて……
こんなとこじゃない何処かで、幸せに暮らしていてほしかったんさ。
ただ、そんだけ」